256.涙が頬を伝う
勿論そのままでは届くわけがない。
だから空飛ぶ棒人間の力を起動させ、それを神器達を覆う結界の所まで届かせる!
「一瞬、一箇所だけ開くわ! 気をつけて!」
何をどう気をつけたらいいのか。自分でもわからないけれど、わたしは叫んだ。
『水の結界!』
すかさず龍石が結界を上掛けで張り直してくれる。
「ありがとう……!」
結界に接触する部分だけ開くイメージを!
飛んでいった、黒い呪い玉が結界に接触するその瞬間、拳大の穴が開きスッポリと中へと入っていく。
穴から少々の闇が噴き出るも、ここまで届くことはなさそうだ。
「穴を閉じて、も一回アルジズ!」
すかさず穴を閉じ、その上からさらに強い力を込めてもう一つ結界を張る。
結界は力強く輝き、闇を完全に遮断した。すると周りの闇は霧散して消えていく。
ひとまず結界の中にとじこめることに成功し、呪いの闇もそれ以上は漏れてくる様子がなく、わたしは胸を撫で下ろした。
けれど――
ほっとした次の瞬間。投げ込んだ、小さな結界が弾け飛ぶのが感覚でわかった。
急がないと――――!
「龍石、お願い!」
わたしは急ぎ、龍石の立髪に顔を埋めるようにしがみつき、水晶龍はわたしと龍石の間にすぽりと収まる。
『あいわかった。しっかり捕まっておれよ!』
龍石はそう言うと、一気に空へと駆け昇った。
棒人間の指輪を使い、なんとか振り落とされずにいれるわたしは、立髪の隙間から龍石が迷わず山の方へと向かうのを見た。
ゆっくり眺めていられるスピードでもないし、余裕もないのだけれど、なんだかとても既視感がある。
あぁ、龍石に見せてもらった過去の映像だ……
このまま圏外まで行ければ――!
そう思った瞬間。
神器達を覆う結界の破れる感覚が、はっきりとわかった。
そして次の瞬間、何かの圧力がわたし達を襲う。
見ると、薄い闇が辺りに広がっていることに気づいた。
ひどい脱力感に襲われ、龍石も同様なのだろう、高度がどんどん下がってスピードも落ちていく。
『く……水の結界……!』
龍石が急ぎ結界を張るも、一瞬で蒸発するように消えてしまい、わたし達は続いてやってきた濃い闇に呑まれてしまった。
「アルジズ……!」
自身でも結界を張ってみるけれど、力が弱いようで、所々薄い部分から闇がわずかに出入りしているのが見えた。
「龍石……何とか闇の圏外のとこまで……!」
『あぁ……!』
龍石は飛んでくれた。スピードは先程より遅いけれど、その雰囲気から力一杯だとわかる。
ほんの数秒闇に呑まれただけでこの影響力……話では『焦土と化する』というから、コレはおそらくまだ序の口……この後もっとすごい何かが来るのだろう……。
わたしは恐怖からくる寒気を感じていた……
結界はどんどん弱くなってき、とうとう消え。わたし達は完全に闇に呑まれてしまう。
途端、先ほどよりもひどい脱力感と、胸の奥底から湧き出てくる不安や恐怖といった、負の感情の嵐に襲われた──
「……ぅ……」
闇に呑まれた彼らの髪が白く変化していたのは、これが原因──?
「あ……アルジズ……!」
もう一度張ろうと唱えるも、反応はなく。龍石の様子からも、自分だけでなくアーティファクトにまで呪いの影響が及んでいる事に気がついた。
『スマン……藍華……! 我ももう…………』
そして、龍石は落ちるように地に降りていった。捕まっているのも難しくなっていたわたしは、龍石の動きが止まっ時、その背から滑るように落ちて、地面に伏せた。
心配そうに覗いてくる水晶龍も、その纏っている力の光がどんどんと小さくなっている。
わたしはもぞもぞと動いてなんとか横向きに転がり、ユキノブの持っていた『力を遮断する袋』を突っ込んだポケットから取り出した。
感知もさせないこの袋なら、闇の影響すらも遮断してくれるかもしれない……!
袋の纏う光は、水晶龍のそれより強く安定しているように見え。これなら、と思ったわたしは中に入るよう伝える。
「この……中なら……少しは影響が少ないはずだから……入って、水晶龍…………」
水晶龍が大人しくその中に入ると、わたしはすぐに袋の口を閉めた。そして、その紐を何とか手に通すと、以降は微塵も動くことができなくなってしまう。
キューンキューンと必死に鳴いている水晶龍の声が聞こえる……。
とりあえず袋の中がまだ安全そうでよかった……。
そう思うと、空が明け方で雲も少なかったはずなのに暗く、闇に染まっていることに気づいた。
その暗い空を見つめながら、結界も張れず、なす術もなく。どんどん生気のようなものが吸い取られるように消えていくのを感じる──
『スマヌ……これほどの威力とは……』
「わたしの……方こそ…………あんなに早く結界が破れるなんて……思ってなかったし…………」
体から完全に力は抜け、目を開けていることすら難しくなってくる。
中心地から随分離れているはずなのに……!
これが呪いの解放の影響……
どうにも出来ない無力感と恐怖から、閉じかけた目から涙が頬を伝う────
大吉さん…………!




