241. (外伝9)大吉の想い
大吉の曖昧なイメージを双葉がわかりやすく言語化すると、キィンという音と共に拝殿の扉が開き、花子が戻ってきた。
「連絡を入れてきました。早急に調べるとのことです」
元の場所に座り、大吉を見つめて花子は言う。
「知らせが来たらすぐにお伝えしますから……今はどうかゆっくり休んでください」
そういう花子の表情は、心の底から大吉を心配しているとわかる。
そして、おそらくその奥の感情にも……大吉は気づいていた。しばらく疎遠になっていた理由はそこにもあるのだが、今はもう迷いはなかった。
彼女の気持ちに応えることはできない、と。
「あぁ……ありがとう……だが藍華を助けるために一つ作っておきたい物があってな。
それを作り終えたら休ませてもらうよ……」
「何を作るんだ?」
「今日作ったアーティファクトの話、しただろう?
それの壊れてしまったオリジナルがコレでな」
フェイが問うと、大吉は収納袋に手を入れドラゴンブレスライカの欠片を取り出そうとした。が──
「いて‼︎」
鋭い痛みに驚き手を引き抜くと、龍石ビーズを握りしめた水晶龍が大吉の手に齧り付いた状態で出てきた。
「「「……⁉︎」」」
「おま……! 齧り付くな‼︎ 痛いだろうがっ」
手をブンブン振り水晶龍が離れたかと思うと、ゴトリという音と共に龍の形をした水晶の置物がそこに転がる。
「「「……⁉︎……」」」
三人の視線は水晶龍に釘付けで。大吉はそれの説明もした。
「……というわけで。コイツが今ここにいるんだが。多分近くまで行ったら藍華の場所が感知できるんじゃないかと思っててな。一人でも動けるようにしてやりたいんだ」
「その欠片と黒ビーズを一つの首飾りにしたいと」
「あぁ……。藍華ほど上手くは出来ないだろうけどな」
マクラメは紐編みしかやったことのない大吉だったが、藍華の話を聞き、少しだけ見せてもらったことで、何とかできるだろうと考えたのだった。
「その首飾り、私がお作りしても…………?」
花子が大吉を見つめ、提案するが……
「いや……コレは俺が作りたいんだ……。
たとえ不恰好になっても、藍華を救うための一歩になるなら……」
「なんじゃ。ちゃぁんと己の激しい感情の外から見れてるじゃないか……ワシの助言は必要なかったのぅ」
「いや……ありがたかったよ。聖地のことに関しては俺一人じゃ気づけなかった」
そう、手数も案も多い方がいい。どの道が最短で藍華まで通じているか、わからないのだから。
「ならば……大吉、お主がせねばならないことはそれを作り、しっかりと休養を取ること。
明日に備えてちゃんと寝ることじゃ…………」
双葉の言葉に、心の奥に感じる不安は拭えないままだが
「わかった…………」
そう言って静かに頷いた。
◇◆
四人は社務所裏の平家にある客間を借りて、泊まることとなり、簡単な夕食を終えると、鋭気を養えと双葉の鶴の一声で風呂までいただいての就寝となった。
三人が布団に潜り込んだ時、大吉は一人応接間のテーブルを借りて作業をしていた。
「紐はできた。問題は石包み…………」
作った紐を巻いて置き、卓上ランプの元に置いたドラゴンブレスライカの欠片とその横に置いた藍華が作ってくれた身代わり護りとを交互に眺める。
「本当に……すごいよな……あんな短い期間でここまでのものを作るなんてさ…………」
手に取り撫でるとほんのり暖かさを感じ、ふと編み込まれている石を見ると、第四と五の石、翡翠とアクアマリンにヒビが入っている。
「…………」
(そうか……肩に対応する石はないからこの二つが代わりになってくれたってことか…………)
思わずその攻撃を受けた肩をさするが、もう痛みすら思い出せなく……このブレスレットにどれだけの力が込められているのだろうかと、胸が苦しくなってくる。
増血の時の、正に頭に血が上った状態でとった自分の行動は、今思い起こせば顔から火が出そうなくらいのものだったが、それでもその後の藍華の様子で、拒否するような反応はなかったと思う。
もしかして藍華も自分のことを少なからず思ってくれているのではないか、なんて都合のいい考えだとは思うけれど、その後も普段通りのように接してくれていたから……嫌われてはいないだろう……と…………
もっと自分の気持ちを伝えておけばよかった、などとマイナスな方向に走りそうになる思考を、大吉は首を振り、払った。
「ネット編みならできるから……それでいくか……」
喫茶店の飾りにもなるしとマスターしたネット編みで大きな欠片を包もうと紐の用意を始めた時、人の気配が動いてくるのを大吉は感じた。
耳を澄ませて様子を伺っていると……
「作業中すみません、入ってもいいでしょうか……?」
襖の向こうから花子の声がした。
「あぁ、大丈夫だよ」
紐を切りながらそう答えると、花子が襖を開け、温かいお茶を持ってやってきた。
「よかったら……どうぞ……」
「ありがとう……」
花子は作業の邪魔にならぬようにと、テーブルの端にお茶を置き、黙々と作業を続ける大吉を見つめた。
「……手伝いましょうか?」
あまり慣れぬ作業をしていると、気付いたのだろう。
花子が問うと、
「いや……コレは俺が作りたいんだ……」
大吉は、作業する自分の手先を見つめたまま、柔らかい笑顔でそう答えた。
「そうですか……出来るだけ早く休んでくださいね…………」
花子からの視線を感じてはいたが、大吉は作業を続ける。
「……あぁ……ありがとう…………」
ここに来る度キラキラとした目で自分をみていた花子、彼女が今どんな気持ちを抱いているかは想像に難くないが、歳が離れすぎてるし自分の心はここにはない……。
迷うことなく藍華を想う大吉は、花子の視線に気づかないふりをしながら、そのまま作業へと深く、深く没頭する。
花子が出ていってしばらくすると、なんとか水晶龍の首飾りを完成させた大吉は四人の眠る部屋へと行き、静かに就寝した。




