233.(外伝1)連れ去られた藍華と気になるアーティファクト
大吉が横目で確認すると、グッタリと力の抜けた様子の藍華が目に入り、明らかに平常心ではない自分に、心の片隅で気づいてはいた。
「……藍華‼︎」
「余所見してると怪我じゃすまねーぞ! 天雷の!」
ギィン!
ハッとしてオオトリのナイフをアーミーナイフでしっかりと受け止める。
チェーンを噛ませたナイフで刺した誠司は、傷は浅いはずだがまだ立ち上がれずに悶えているから、暫くは放っておいても大丈夫だろうと判断し、藍華の方を見る。
すると守りの結界が消え、藍華の意識が完全に沈黙したのだとわかった。
「くそっ……! 藤騎! そのつたには絶対に触れるなよ!」
藤騎は少しまごついた後、藍華に言われた収納袋を持ってそこから離れた。
(速くしないと──!)
オオトリと呼ばれていた男は、誠司より遅いがパワーと技があり、大吉はなかなかに苦戦を強いられていた。
蔦は、無理やり根本から切り離せば消えるはず、と焦るが、オオトリとの交戦でその場から動けずに時間ばかりが流れていく。
ユキノブと、詩織と呼ばれていた女が何か話をして、女が扉に何かを仕掛けている。
「誠司、その男はもういいです。その女を連れてきてください」
ユキノブに言われ、誠司はふらりと立ち上がり藍華の方へ向かう。
「……!……連れてってどうするつもりだ⁉︎」
攻撃を受け止めたままのナイフはチリチリと鳴る。いつ次の攻撃が来るかわからない。
大吉は力の加減をしつつ、オオトリから目を逸らさずユキノブに向かって問うた。
「……それを言ってどうにかなりますか……?」
ユキノブは冷たくそう言い放ったかと思うと、何故か憐れむような目で大吉を見て言った。
「まぁいいでしょう……今私はとても気分が良いので特別に。
私の悲願のために協力していただくのですよとだけ……」
色々な含みを持たせるような台詞に声。
(悲願て何だよ……⁉︎)
「彼女を連れて行くことで……これまでいろんなところで邪魔をしてくれた貴方に一矢報いることができそうでよかったです」
(邪魔ってなんだ! 俺はお前のことなんか欠片も知らねーぞ……!)
盗賊のところでコイツがした事を考えれば、このまま連れていかれたら何をされるかわからない、と大吉は焦る。
「くそ…………!」
受け止めていたオオトリのナイフを力技で跳ね上げ、空いた腹部に拳を出した。
普段ならば、そう安易に敵の懐へは飛び込まなかっただろう。
けれど普段の冷静さを失っていることを忘れた大吉はオオトリの手からナイフが離れていないことに気付くのが遅れ、右肩にそれをくらってしまう。
「ぐぁっ…………!」
崩れ落ちそうになっているところ、鳩尾に蹴りをくらって大吉は書斎デスクへぶつかりそのまま座り込んだ。
「がっ……!」
「大吉!」
衝撃で痛みが増し、大吉は苦悶の表情を浮かべ、藤騎は藍華の収納袋を持って大吉に呼びかけた。
「お前とじっくり勝負もしてみたいが、今はその時ではない。
またどこかで会えることを祈っておこう」
オオトリがそう言うと、その後ろの方で詩織が光りだした扉を開き、藍華を抱えた誠司、ユキノブの順に入って行くのが目に入る。
「藍華‼︎」
オオトリまでもが扉をくぐり、最後に詩織という女がこちらをみることもなく入っていった。
扉は何事もなかったかのように音もなく閉じ、光も消える。
「藍華ねーちゃん…………!」
藤騎が恐る恐る扉を開くと、その向こうには先程通ってきた通路が伸びている。
「誰も……いない…………」
「……特定の場所と場所を繋ぐアーティファクトだ……
絶対数が少なく、研究機関にも回ってないが確かに存在する……。聞いたことがあったし、その力は知っていたが……実際に見るのは初めてだ…………」
(一体どこに連れて行かれたんだ……藍華…………!)
「くそっ…………‼︎」
血のついた左手で、大吉は地面に殴りつけた。
ズキンと一瞬だけ痛んだ右肩は身代わり護りが発動してどんどんと痛みが引いていき、藍華が攫われた事をハッキリと認識させてくる。
お前が未熟だったせいで藍華は攫われたのだと────
「大吉……コレ……なんか残ってるんだけど…………」
地面に拳をつけたまま下を向き、痛みが引く程に強くなる後悔の念に苛まれていた大吉は、藤騎の声に少し正気を取り戻す。
そして藤騎の指した方を見ると、そこには蔦の根本部分が残っていた。
「コレは…………」
(やはりクゥさんのアーティファクトとよく似てる……)
大吉の視線がそれに釘付けになっていると、ぎぎぃと反対側の扉が開く音がした。
「……そこにいるのは大吉か……?」
アグネスとフェイだった。
「フェイ……アグネス…………!」
大吉が立ち上がると、扉が大きく開き二人が入ってくる。
「⁉︎」
「お前……なんでそんな怪我!
……大丈夫か……?」
大吉の肩から流れ出る血、怪我に二人は驚き、フェイが問うた。
「……大丈夫だ……身代わり護りが怪我を肩代わりしてくれたから…………」
アグネスは藍華がいない事に気づき、室内を見回す。
「おい大吉……藍華は…………?」
そしてそれに気づいた。
「それは…………」
アグネスが地面から生えている光る蔦を見て目を丸くして言うと、それは突然スゥッと消えていった。
「…………今のはクゥのアーティファクトじゃなかったか……?」
フェイの言葉に大吉は黙り、その蔦の生えていた場所を睨んだ。
(確かに能力は同じ感じだった……だが少し雰囲気が違う…………)
クゥと一緒にこの世界から消えたはずのそのアーティファクトだと思われるが、顕現した蔦の色が違うし電気ショックのタイミングも遅かった。
(新たに発掘されたと言われれば、そうなのかもしれないが……。再生の日を越えてきたのなら、そういう変化があってもおかしくはないのかもしれないが
……)
「……今の情報量ではなんとも言えないな……藍華を捉えたあの蔦は色がかなり薄かった。電撃も発動するタイミングが遅かったように思う……。
クゥのものとは……全く同じではないだろう」
(そもそも、あれは使用者限定の仕組みが施されていたはず。何故あいつが使えているんだ……⁉︎)
十年も前の事なのに、大吉の脳内では色鮮やかに思い出されるあの時の記憶。
「あ、大吉。これ……」
藤騎がそう言って大吉に差し出したのは、藍華のポーチの切り裂かれたところから落ちた収納袋。
「藍華のポーチが切り裂かれて落ちたのを……言われて拾ったんだ。大吉に渡しておく……。
多分……藍華もそのつもりだったろうから…………」
そう涙目で言う藤騎に大吉は、ありがとうな……と言って受け取り、違和感を感じて中を確認すると……
水晶龍は水晶のままコロンと入っているし、今朝作ったばかりのドラゴンブレスライカ、首飾りがない。
(……今朝作ったやつは藍華のポーチに残ってる…………?)
「……!……」
何かに気づいた大吉は、右腕をぐるぐる回して傷が問題ないことを確認すると、手にしていた袋を自分のポーチに入れ、言った。
「…………俺は一度研究所に戻る────!」




