230.光よ!
「無事にお家に帰れるとでも思ってるのかしら……?」
赤い紅が塗られ、ぬらりと光る唇。白黒のゴスロリスタイルに、妙にその赤さが目立つ。
誠司と呼ばれていた男はゆったりと動き、大吉さんの目前の方へと移動していく。
どうやら感知阻害は室外に向けてかけられるもので、同じ室内での効果は半分程度、といったところのようで、その手には薄く赤い光を纏う……一メートル前後の三日月のような形の剣が握られているのを横目で見る。
ファンタジー系の漫画で見たことあるシミターとかいう剣だろうか……。
大吉さんが黒雷を起動する音が聞こえたかと思うと、こちらを見ながらソファに座ったままだったユキノブが立ち上がった。
「黒い雷を纏う刀……天雷の大吉か!」
ユキノブがそう嬉しそうに、興奮した声で言う。
「それに、貴女はやはりあの時の…………
貴女の方からこんなところまでやってきてくれるとは……どうやら今回、天は私に道を引き寄せてくれているようですね…………」
まるで待ち望んでいた獲物を見つけたかのようなトーンの声と、自分に向けられているらしい視線。
直視していないけれど、そのいやらしそうにわらう顔が思い浮かび、何とも言えない嫌な予感がしてきてしまう……。
ここに来て、奴を遠目でもいいから見て何かを感じ取らねばならない。なんて……わたしは判断を誤ったのかもしれない────
今更だけど、嫌な汗が全身から噴き出すのを感じながら、わたしはそう思ってしまった。
「天雷の……? トウキョウを本拠地にしてる奴がなんでこんな所にいるんだ」
書斎デスクの向こう側に立っている見覚えのない顔、オオトリと呼ばれていた男が言った。
「……偶然……? としか言いようがねぇなぁ……」
そう言うと、背中を通じて大吉さんから熱い……なにかが膨れ上がってくるのがわかる。
これが……闘気…………?
「藍華、無理して戦わなくて良い。籐騎を守れ。その上でチャンスがあったら扉を敗るんだ」
小声でそう言うと背が離れ、部屋内に金属を打ち合う音が鳴り響く。
ギィン‼
同時にわたしは結界を発動し直した。
彼女の持つアーティファクトの光から、なにかの攻撃が来ることがわかったから。
「アルジズ!」
その攻撃は予想よりもずっと早く、結界が発動する直前にソレはわたしのポーチを掠めて切り裂いた。
結界に阻まれた攻撃は、斜め左後ろに位置する物置の扉を大きく切り裂くように傷つけ、大吉さんと誠司の間を抜け、後方のドアにも攻撃の跡をつけた。
「詩織! もっと考えてアーティファクトを使え! 俺に当たるところだったじゃないか!」
後ろの方から大吉さんと対峙している誠司が叫ぶ。
「あら、流れ弾に当たったなら、それは貴方の力量や運が足りなかっただけの話でしょう?」
「藍華は藤騎と離れるな! 俺のことは気にしないでいいから……とにかく持ち堪えろ!」
アグネスとフェイが来るまで────!
直接大吉さんの口からは聞こえなかったけれど、確かにそのセリフが聞こえた気がした。
「わかりました!」
“無理して戦う”なんて、はなから無理だけど。
今張れる結界以上の力で来られたら……
手持ちのアーティファクトは特に戦闘に特化しているわけではないし、フライパン以外の武器を上手く扱えないわたしでは棒人間魔法陣の武器を下手に出すことも危険。
……今ここで使えそうなのは水と風の子、奇しくも目の前の彼女と同じ系統……!
同時使用をすれば、簡単にこの事態をなんとか出来るだろうかと考えるも、未だに感知できないユキノブがどういったアーティファクトを持っているのかわからないし……
それに自分に誰かを守りながら戦うなんて器用なことは無理!
わたしはひとまず守りに徹すると心に決め、詩織を見据える。
「オレのことも忘れてもらっては困るな」
そう言ってオオトリが動くと、彼が何かをする前に大吉さんの方から黒い雷が走った。
「ぐっ…………!」
「……うっ……!」
黒い雷に纏わりつかれた二人は小さなうめき声を出し、オオトリは何とか立っているものの、誠司はよろけてその場に膝をついた。
そして誠司の持つ赤い刃はスゥっと消え、その胸には赤い月がワイヤーで飾られた首飾りが現われる。
「何……アーティファクトが反応しない⁉」
オオトリは、片手を大吉さんの方に向け何かをしようとしたらしいが、驚愕の声を上げた。
「黒雷は一定時間アーティファクトを使用できなくする。いつ使えるかはあんた達の力量しだいだ」
そう言った後、大吉さんの気配が大きく動いて、オオトリに向かって切りつける。
「さぁて、そちらの方も白熱してきたみたいだから、私も頑張らなくちゃ」
その詩織の言葉に、少し大吉さんの方に向いていた意識が引き戻され、同時に一つ手を思いついた。
「籐騎くん、出来るだけわたしから離れないでね……」
そう言って、何が来ても対応できるようにと籐騎くんの手を離し、胸の前で構えて意識を手と手の間の空間に集中する。
詩織のこちらに向けられた手の先から、水の鞭が伸びる!
うねる鞭はその先に刃物のような形の物がついており、一目でそれには触れたらいけないとわかった。
「アルジズ!」
呪いのアーティファクトでその力の大半を使っているアルジズは、そちらの力を保つために一回づつかけなおさなければならないことが先ほど判明した。
だから必要な時に数秒保つよう、意識して力を解放する。
狙い通り、アルジズはわたしと籐騎くんを囲むドームを作り出し、水の刃物の攻撃を防いで消えた。
「籐騎くん、目を閉じて!」
水の鞭が大きく反り返った瞬間、わたしは思いついた事を試すべく両の掌を詩織に向け、鍵となる言葉を発しながら目を閉じる。
「光よ!」
光量マックスで!
そう心の中で付けたして──
すると、三つ編みの先のシュシュに擬態させているアーティファクトが反応し、詩織の目前に光の球を出現させて彼女の目を焼いた。
「…………!…………」
時間にして数秒で光は消えるが、その間にわたしは籐騎くんの手を取り詩織を避けながら扉の方へと移動する。
この光で目が一瞬でも見えなくなりこちらの位置を見失ったなら、その後ろのドアを抜けられる!
と、思ったわたしの考えは残念ながらあっさりと覆された。
光りが消えた直後、移動した先に水の鞭が再び伸びてきたのだ
「アルジズ!」




