228.やってきたのは…………
誰かが来る……!
あちらの扉まで間に合わない……!
動いた扉から流れ込んできた空気に、荘厳な香の香りが混じっている気がした。
大吉さんが急ぎわたし達を、先ほど確認していた物置部屋に押し込む。
「藍華、結界を!」
小さな声でそう言われ、わたしは急ぎ、結界を張った。
「あっ……アルジズ……!」
見つかるかもしれない、見つかったらまずい、その意識が緊張感を駆り立て、わたしの心臓は普段よりもずっと早鐘を打つ。
部屋と言っても掃除用具と棚があるだけで、本来人が入る場所ではなく。
大吉さんも入り扉を閉めると、とても狭くかなり密着した状態でわたし達はそこに収まった。
「声を出すな、息を潜めろ。気配もできる限り殺すんだ!」
押し込まれ接近され、胸板を覆う薄いシャツしか目に入らないような状態で、大吉さんの潜めている吐息を感じる──
この密着感はっ…………
わたしは音を立てないようにと、足元のバケツに触れないよう空気椅子のような感じで壁に背を預けていて、籐騎くんはそのバケツ横の小さなスペースに何とか収まり倒れそうになっていたモップの柄を握りしめ、大吉さんはわたしの足を避けるようにして肩幅程度に足を開いて立ち。奥の壁に手をついて、平たく言ったら壁ドン状態でわたしに空間を確保してくれていた。
あまりに突然な接近っぷりに、見つかるかもという緊張だけでなく胸が高鳴る。
が──部屋に現れた人物が持つアーティファクトの気配を感じ取り、自分の体温が急激に下がっていく気がした……
────この……気配は…………!
すかさず集中して扉から入ってきた者のアーティファクトの気配を感じてみる。
覚えのある気配………やっぱり──
どこか隙間があるのか足音が聞こえ扉の閉まる音も聞こえた。
それと間をおかずに反対側の扉からも、数人がこの部屋に入ってきたようで扉が開く音に続き足音、そして静かに閉じられる音がした。
大吉さんがここに押し込んでくれてよかった…………!
「ユキノブ様、わざわざのおこし、お手数おかけして申し訳ありません」
若い女の声が恭しそうにそう告げる。
「全くだ。お前が……詩織が付けたステルス性能のせいで見つけるのに時間はかかるし、一苦労だったぞ」
こんどは若い男の声。
「まぁまぁ誠司、取り戻せたのなら良いではないですか。
ちょうどこちらに持ってくる物もあったので大丈夫ですよ」
その声にわたしは心臓までもが一瞬にして冷たく凍りつくような感覚に陥る。
──この声──!
「ありがとうございます」
嫌悪感が一気に溢れ出しそうになるけれど、わたしは目を閉じ感覚を研ぎ澄ます。
もっと正確に感じ取れ、アーティファクトの気配を……!
何か密談のようなものをするならば、感知阻害の結界アーティファクトが起動されるはず……。
それまでに対策を立てる策の助けになるよう、そこに来た人物たちの持つアーティファクトを感じ取りながら、だいたいの位置関係を把握しようと試みる。
(大吉さん……女性所有数は七、系統は水と風。マントの男、所有数九、系統は火と土、
ユキノブと呼ばれた男……感知できるのはアンチアーティファクト、アーティファクトの効果を強制ストップさせる物を持ってます……残りは……いくつかあるようですが感知できません、気をつけて……!)
わたしは目を開き、暗闇で見えにくいけれどもそこにあるはずの大吉さんの目をみて限りなく小さな声で伝えた。
(……! 了解した。ありがたい……!)
詩織と呼ばれた女が、こちらの方に来たかと思うと書斎デスクの上の結界用アーティファクトを持っていき応接用の長いソファに座る。誠司と呼ばれた男はその隣に。
そしてユキノブはちょうどこちらを向いている一人掛け用のソファに座った。
「ところで、ファイグスのリーダーは?」
「少し遅れるようです。神器の奪取を決行した者達に指示を送ると言って、先ほど倉庫の方へ行きました」
ファイグスとは一体────
カトレイル教団以外にも神器を狙う人たちがいたという事なのか……?
誠司がそう答えると、ユキノブは楽しさを抑えるような声色で言う。
「時間がギリギリですし、今度こそ無事に奪取できるといいのですが」
「私達があの時成功していれば対面も保てたものを……本当に申し訳ありません」
「あなた達は優秀なアーティファクト使いですが、荒事は専門じゃないんです。気にする必要はないですよ。
一つでも持ち帰れたことを誇りに思ってください」
……反吐が出る……強奪しておいて、それを誇りに思えだなんて…………
「遅れてすまない」
そう言って男が一人、詩織と誠司と呼ばれた二人の入ってきた扉からやってきた。
(今入って来た男……所有数は五。
系統は五行の物……)
そう呟くと、大吉さんは今度は何も言わずに頷いた。
「大丈夫ですよ、わたしも今来たところです。詩織、結界の起動を」
「かしこまりました」
数秒後、部屋内に結界が張られたらしく、すぐそこにあるのにそれまで感じていた彼らのアーティファクトの気配がどんどん希薄になっていき、感知できなくなった。
目を瞑って集中しても感じ取れない……か…………
突然暗闇に放り出されたかのような感覚に、不安を感じながらもわたしは奴らの会話に耳を傾けた。
「オオトリリーダー、首尾はどうですか?」
「成功した。奴らには一旦別の場所で待機してもらい、折を見て例の場所へ輸送してもらう予定だ」
「さすがですね、ご苦労様です。
コレで七つ……お互いようやく悲願が達成できますね……」
「あんた達のおかげだ。俺たちだけではとても今の政府を転覆させるような力には到底足りなかった」
政府を転覆……⁉




