221.突然起こった爆発と煙
「それにしても、なんで奴らはこんな大事な物を落として行ったのかな……?」
下町に向かう道中、手を繋いでいる大吉さんに藤騎くんが聞いた。
「特殊部隊との攻防で千切れ落ちたのを誰かが拾って闇市に流したんじゃないか? 奪った三つのうち二つを取り戻され、残りの一つは何としても、っていう念があったから落としたことに気づかなかったか、わかっていて後で取り戻すこと前提で置いていったか……」
「え……取り戻しに……⁉︎」
立ち止まり、驚愕して大吉さんを見る藤騎くん。
「ははは、大丈夫だよ。露店のおじさんはあまり質の良い物ではないと言ってたが、その袋に入ってればよっぽどのアーティファクトじゃないと追うことは不可能だ」
藤騎くんは十字架のアーティファクトを、闇市の露店店主がおまけにくれた袋に入れた状態で腰のベルト部分に付けている。
「下町に着いたら手繋ぎ交代な。藍華と手ぇ繋いで俺の前を歩け。そしたら何かあっても後ろから守ってやるから」
はははっと笑いながら言う大吉さんに。
自分は大吉さんと手を……とか考えてしまい首をぶんぶん振ってその考えを追い出す。
急な首振りでふらりとしたわたしに気づいたのか、大吉さんが声をかけてくれる。
「ん? どした、大丈夫か?」
「問題ないです! 進んでください」
両手を顔の前で振りながら言ったわたしに、何故かふわりと笑顔でこちらをみて言う。
「じゃ、さっさとここから出るぞ!」
◇◆
無事に闇市から出て下町に入り、藤騎くんとの手繋ぎはわたしに交代した。
周りにいる人の雰囲気も、一般人らしい人たちが多くなり気持ちが落ち着く。
ここから研究所までは歩いて一時間はかかる。来た時のように途中で食事しながら帰るんだろうなとふんわり考えていたその時──
ドゴォオオオオオン!!!!
今しがた通ってきた後方から、爆発音のようなものが聞こえた。
「なんだ……⁉」
大吉さんがそう言うのと同時に、わたし達は立ち止まり振り向く。
もうもうと立ち上り、広がる煙。火の手は見えないけれど、何かが燃えているのかきな臭いにおいが漂ってきている。
「鼻と口を何かで覆っとけ!」
言われてわたしと籐騎くんはそれぞれ着ていたシャツの袖で口元を押えた。
そうこうしているうちに、煙の向こうから大勢の人が押し寄せ、わたし達は押され流されてしまう。
「うわぁっ……‼︎」
「藤騎くん!」
握っていた手が離れてしまい、そちらを向くも間に合わず。藤騎くんは人の波に呑まれ、更には大吉さんとも離れてしまった。
『藍華! 藤騎を見つけれるか⁈』
突然の爆音と煙に慌てふためく人々の中、大吉さんから耳の連絡用アーティファクトで声が届く。
「やってみます!」
感知能力全開を意識して、藤騎くんの持つアーティファクトの気配を追う。
藤騎くんの追跡アーティファクトはふんわり桃色を中心に、宇宙のような星空に包まれている感じ。
そしてあの神器レベルの十字架のアーティファクトからは、ひたすらに冷たい感じを受けた……あの袋の中ではほんの僅かしか感じ取れないだろうけど、わたしはその二つを指針にして探しはじめた。
けれど大勢の人が持つアーティファクトが、持ち主の慌てふためく気持ちに呼応するように、ザワザワとしていてなかなか見つけられない。そうしている間にも次々と煙と人が押し寄せてくる。
このままじゃ見つけ出すのに時間がかかりすぎる……!
わたしは人の波に乗りながら風のアーティファクトを起動した。
「風よ、人々をすり抜けつつ煙を少し排除したまえ!」
吹き抜ける風に意識を通わせるイメージをしながらアーティファクトの気配を探ろうとするが……
なんだろう、何か抵抗感のようなものを感じる……まるで粘度の高い液体の中を進んでいくかのような抵抗感を……
それでも風は進み広がり、すぐさま目当ての桃色の気配を見つけ出した。
十数メートル程先にいる!
「藤騎くーん!」
わたしがそちらに向けて叫ぶと、雑踏の向こうから藤騎くんの声が微かに聞こえた。
「藍華ねーちゃん!」
できることならジャンプでもして上から場所を確認して近くまで行きたいけど、ここまで人が多いと着地点がない。
わたしが急ぎ藤騎くんの方へと向かおうと、人をかき分け進み出し
「今そっちに行くから──」
そう言った時、わたしの後ろから二つの人影が人と人の隙間を縫うようにしてスルスルと藤騎くんの方へと向かっていった。
この人達……?
男は背が高く白っぽい服装にマント。女は小柄で肩までのツインテールに、黒の上下でレースの使われた短いフリフリのスカート。
ほんの一瞬だったのになぜかその姿が目に焼きつく。
一瞬だけ、少し振り向いてきた女の方と目が合い、その瞳から受ける雰囲気に既視感を覚えたけれど、それが何なのか、すぐにはわからなかった。
その二人が人の波の向こうに消えた少し後に、藤騎くんの声がかすかに聞こえた。
「うわっ……!」
「大丈夫⁉︎ 藤騎くん!」
直後、目に焼き付いていたあの二つの人影が尋常ではない高さへとジャンプし一番近くにあった木造二階建ての建物の上へと着地した。
「──⁉︎──」
感覚を全開にしていたため、追っていた一つの微かな気配が、その一つがジャンプした人影と共に移動するのが見え、藤騎くんの追跡アーティファクトの光の糸がそれに向かって伸びていることに気づく。
盗られたんだ……! あの二人に……?
でもまだ追えている──ならば今はとにかく藤騎くんを──!
わたしは遠ざかる人影を無視して全力で藤騎くんの元へ向かった。
「すみません! 通して……!」
人々の波は、藤騎くんのいる方に向かっているものの、他の人にぶつからずには進めない。
わたしはその方向へと、他の人にぶつかりながらも進んだ。
「大丈夫⁉︎ 藤騎くん!」
座り込んで飛んで行った二人の方を呆然と眺めている籐騎くんを見つけて、わたしは手を伸ばす。
「藍華ねーちゃん……! ごめん……! 奪われちゃった…………! 十字架のアーティファクト────!」
涙目でそう言いながら手を取り立ち上がる籐騎くん。
その言葉に、追跡アーティファクトの光の伸びる先を目で追いながわたしは言った。
「大丈夫……まだ追えるわ! 追跡アーティファクトの力、保っておいてくれる?」
そう言いながら、わたしは気付いた。
あの少女の雰囲気が、十字架のネックレスのそれと瓜二つだということに────




