210.光の文字
────あの文字は────!
「大吉さん! ペンはコレを……」
そう言いながらわたしは自分のポーチからなんの変哲もないただのボールペンを取り出した。
充電や諸々の理由でスマホメモが使いにくいから、思いつきをメモするのに紙とペンを常に携帯するようにしていたのだ。
「そのペンは使わない方が良いみたいです。問題ありませんよね、藤壱係長?」
自分はそこまで勘は良くないと思う。けれど、自分が拾うことのできた情報は余さず活用しなければならない。
「……問題ないですよ……」
藤壱係長の眉の間にずっとあったシワが少し変化した気がする。
大吉さんはペンを受け取ると、サインをして藤壱係長に書類を渡した。
「…………ありがとうございます…………」
その声色はこれまでと変わらず、表情もほとんど変化は見られないけれど、藤壱係長はわたしを真っ直ぐと見つめてそう言った。サインをした大吉さんではなく。
おそらく──紙に書かれた文字は何かのアーティファクトで書かれた文字。
そして、その差し出されたペンを使ってサインをすることで何らかの効力を発揮する。
わたしにチラリと見えた光の文字は、何かの『権利を放棄する』と言うもの……。
お礼を言われたということは、藤壱さんはそれをさせたくなかったのだ。
それをしようとしたのは係長の様子から予測が立つ。彼よりも上の人物……多分隣の部屋にいる所長だろう。
ここは神器を主に研究している第一研究統括室。
確かに、使えなくなった神器はお荷物の一種として考えられているのかもしれないけれど、その素材から何かをして新しいアーティファクトを作る、と神器の提供依頼書にも書かれていて、研究者としての興味をそそらないはずもないのだ…………
「いえ……」
受け取った書類をそのままテーブルの上に置き、ペンを懐にしまい藤壱さんは言った。
「では、こちらの問題はコレでひとまず終わりです。
で──藤騎。お前はまだあの事を話したいのか?」
隣で藤騎君が体を震わせたのがわかった。
「……そうだよ……!」
ふぅ、と大きくため息を一つつくと、藤壱係長は恐らくわたし達にも言い聞かせるように話し始めた。
「七歳の子供の言うことを真に受けて動くほど政府機関は暇じゃない。そんな誰も引き継げなかったような骨董品とも言えるアーティファクトの力だって今や誰も信じてはいない」
誰も……引き継げなかった…………?
アーティファクトは本来ある程度まではどんな人もが使える物、わたしがクゥさんの手記を元に作ったような人物限定の仕組みを組み込んでいない限り。
「……お父さんや他の人はそういうこと言うからこのアーティファクトから嫌われたんだ! だからこいつは父さん達には協力してくれないんだ!」
藤騎君はシャツの下にしているペンダントのトップをシャツごと握りしめて叫んだ。
「奪われた神器は特殊部隊が総出で、情報機関も動いて捜索が続いている。彼らなら時間はかかれど必ず取り戻してくれるはずだ。
それに、七歳のお前を現場には連れて行けない」
特に最後のは、声色、雰囲気、どれをとっても本当の気持ちだろうことがわかる。
藤騎くんは視線をテーブルに落とし、何も言えなくなってしまう。
「…………」
おそらく、藤騎くんもわかってはいるのだ。父親が自分の身を心配してくれていることを……。
「ならばこうしたらどうだ?」
二人の様子を静かに眺めていた大吉さんが、提案した。
「今日、この神器を使う作業が終わった後、日が落ちるまでなら俺達が藤騎に付き合おう。何かわかったら必ず連絡は取るし、藤騎の事も守ると約束しよう」
「……しかし……」
「じゃ、コレを藤騎くんに着けていてもらうのはどうですか?」
わたしは双葉ーちゃんからの身代わり護りを藤騎くんの手につけた。少し大きさを調節して。
「そんな大切な物を……⁉︎ それでは君が……!」
そう言って目を丸くする藤壱係長は、メガネ留めチェーンのブレスレットと一緒に重ね付けしていた、わたしが昨日の朝作った身代わり護りのブレスを見てさらに目を丸くした。
「そ……それは……!?」
をや……光は抑えているはずなのだけれど。
「その……ブレスレットを見せてもらっても…………?」
「……はい」
コレはトウキョウの方で販売許可を得ている物だし、見た目は一般的な身代わり護りだから大丈夫なはず……。
外して差し出すと、それをまじまじと見つめながら彼は問うた。
「これは……一体どこで…………?」
「…………」
「それは──」
わたしが返答に迷い、大吉さんが何かを言おうとしたその時、
「いや………やめておこう。君たちにはこの数分間で多大な借りができている……。
それのことは、いずれわかる時が来るのだろう……?」
双葉ーちゃんにも渡してあって、花子さんと蝶子さんも持つことになる。みーばぁにも月一で卸すことになっているし、どういうルートを通っていくのかはわからないけれど、そこから市場にも出ることになるだろう。
「おそらく……」
そう答えたわたしの目を見て少し眉間の皺を緩ませて一息つくと、静かに目を閉じて言った。
「一つだけ助言だ。できるだけ服の下などにつけていたまえ。
それかなんとかその光を抑えるんだ……。ここには私以外にも良く視える者がいる……」
一つ、借りを返されてしまったようだ。
「わかりました……」
やはり彼にはこのブレスレットの力が、光が強く見えていたようだ。
多分、感じ取る感覚を広げた時に、光を抑える方が疎かにもなっていたのだと考えてわたしは反省した。
感覚を研ぎ澄ますため、一度わたしも目を閉じ、軽く深呼吸をして、意識を身代わり護りに集中する。
収まりたまへ────
あれ……?
改めて感じてみるけれど、あまり光は強まってはいなかった。
藤壱係長の『視る』能力がものすごく高いんだ。きっと────
「……双葉様の身代わり護りまでお借りして、ダメとは言えん……」
わたしがさらに光を抑えようとしている時に、藤壱係長は藤騎くんに話し始めた。
「今日一日だけだぞ……」




