209. 只の者……ではないかもしれませんね
アーティファクト達と会話のようなものを進めているうちに藤真係長が戻ってきたらしく、金庫室の中の空気が動いて扉が開いたことがわかる。
「箱を持って出てきてください。所長の許可は得ましたから」
入り口付近からそう声をかけられる。
思っていたよりも早かった。そしてその声色は渋々と言った感じでもなく。わたしは大吉さんと目を見合わせた。
「あれか? 第一研究室の奴らも持て余してたってことか……?」
「可能性はありますね……」
この子達から、通常のアーティファクトのような力というものは──欠片も感じない────
今はもう、使用されることも研究される対象でもない、ということなのだろう……
伝説にもなるような働きをしたアーティファクトでさえ、最後はこのようなところに誰の目にも触れられることなく置かれている。
その事実に悲しさを感じながら箱を持とうと手を伸ばすと
「俺が持つ」
そう言って大吉さんがわたしの手を握った。
跳ねるな心臓
そっと離され、ありがとうございます、と小さい声で言って取りやすいよう避けると、大吉さんは広辞苑くらいの大きさの木箱の蓋を閉じて持っていった。
金庫室から出ると、扉は勝手に閉まってスゥッと消えて壁と同化していき、わたしは思わずその瞬間に見入ってしまう。
そこにあるはずなのに、今はもうなにも見えないただの壁……かと思ったら、少し離れた位置に扉の気配を感じた。
おそらく閉じるたびにドアの場所が変わるんだ……!
沸々と沸き上がる興味という名の欲望を抑えて、
「すごいアーティファクト技術ですね……」
扉のあった場所を見ながら、わたしはそう呟いた。
「この金庫室のことはもちろん、扉の場所も口外しないでいただきたい。場所がわかってしまえばこの見せなくするアーティファクトの効果も半減ですから」
わたしと大吉さんとを見て、藤真係長は言った。
彼が扉の位置が変わるという事を知らないはずがないのに。
「お前もだ、藤騎」
ソファに大人しく座って待つ藤騎くんにも念を押す。
──なるほど──金庫室を守るための策かな。
「わかりました。そういうことにしておきましょう」
壁を見つめていたわたしが振り向きそう言うと、
「……!……」
「……?……」
藤真係長は驚いた顔を、大吉さんはなんのことかわからないようで、言葉は発していなかったけれど、どういうことだ? と書いてあるような顔をしていた。
スタスタと、大吉さんの前へ出て先にソファまで戻り座るわたしを目で追う藤真係長。
大吉さんは、テーブルに箱を置いてから静かに隣に座った。
「只者ではないですね……?」
「わたし……ですか……?」
じっと見られ、ちょっとまずったかとも思ったけれど、開き直ると心に決めた。今。
無言で、難しい顔をしたまま見つめてくる藤真係長に
「まぁ……双葉様と懇意にできるくらいは只の者ではないかも……しれませんね」
にっこり笑顔でそう答えると、難しそうにしている顔が少し変化した、気がした。
「…………こちらにサインをください」
もしかして。双葉ーちゃんたちと同じような力を持つと思われただろうか。
それはそれでまずい気はするけども。
係長は手書きで『神器持ち出し許可と制約書所』と書かれ、所長印の押された紙をテーブルに置いてペンを差し出してきた。
大吉さんが紙を手に取った時、何か違和感を感じた気がしてわたしは視る力を解放する。
横からなので、なんと書かれているのか見えにくいが……
「…………」
紙に光る文字が書かれていることがわかった。
そしてテーブルに置かれたペンも淡く光っている。
ボールペン型アーティファクト……?
「何に使用してどうなったか。それさえ報告すればあとは自由にして良いと……?」
「はい……あの壁際の神器は多くが完全に力を失っていてここに置いていても研究室としてはどうにもすることのできない物なので……。私個人としてはそういった物ならば……そう言ったものが何かの役に立つというならば、提供しても良いのではないかと思うのですよ…………」
それは──おそらく彼の本意だろう。
けれど────
「わたし自身、アーティファクトを、ましてや神器を材料に、なんて物凄く気が引けてたんですが……そう言ってもらえるなら少し気が楽になります」
大吉さんが制約書を読む傍らで、わたしはそう言いながら藤真係長をようく観察していた。
少し──様子がおかしい気がする。
「藍華、サインするが良いか? 一応確認してくれ」
大吉さんも何かに勘づいたのか、書類をわたしに差し出した。
書類をじっと見ると、制約内容の文字の辺りが光っているようだとわかるけど、光が薄く何と書かれているのかは不明……。
不明だけれども────
「大丈夫です」
そう言って大吉さんに書類を渡し、再び視線を藤真係長に戻すと……彼はわたしをじっと見ていた。
表情はそれまでと変わりないように見えるけれどやっぱり何かがおかしい。
テーブルの上に置かれたペンに手を伸ばそうとする大吉さん。
その瞬間、藤真係長の気持ちが見えた気がした。
焦っている──?
大吉さんの手がテーブルの上のペンに近づくと、紙に書かれた文字とペンの光が少し増した。
────!




