207.天秤にかける
「天秤に掛けたとしてです」
藤壱係長は目を開き、大吉さんを見据えて言った。
「潤沢ではないにしろある水と、二度とは手に入らない神器。どう考えても神器の方が重要でしょう。
清めの水の備蓄量は確かに底を尽きそうでしたが、質が少し戻ったと聞いています。
まぁ、そのレベルは備蓄してある物には到底及ばないものではあるようですが」
備蓄されているものと同じレベルにまで戻るには、龍石が目覚めるのを待たなければならないだろう……
「医療班も備蓄分を出来る限り使わず、有事に備えて質の戻ってきた物から使用しているそうです」
グッジョブ医療班! さすが夕紀美さん!
なんだけど──面倒なことになりそう…………。
水の質のことだけに関してで考えればそうなのかもしれない。
けれど、コレは何より呪いのアーティファクトを処理するために必要で、そちらは水よりも急務。でもそれは書面には書くことができないし、今ここで口にして説明することも……できない。
「使用不可となった神器でも、これから先何かがあった時のために厳重に保管しておかなければならない。そしてその第三研究室副所長からだけの書面では第一研究所を動かすには弱すぎです」
きっと、この人相手ではごまかしは効かないだろう。双葉ーちゃんが言ったように芋づる式に全てを明かさなければならなくなる。
「上からの正式な手続きをふんでからいらっしゃい」
第三研究室と確執があるのか、言葉の端から田次郎さんのことを煙たがっているようにも感じる気がする。
何はともあれ、何日も待てないし、確執があるとかなんとか、今はそんなものはどうでもいい。
「何かがあった時……それが今だとは思いませんでしたか?」
それまで黙っていたわたしがそう言葉を発すると、藤壱係長は少し驚いた顔をしてこちらを見た。
「こちらを見ても同じようにおっしゃるのかお伺いしたいです」
わたしは突っ込んだままだった手を動かし、ポーチの中から双葉ーちゃんからいただいた小さな封筒をテーブルに置いてずいっと差し出した。
「…………」
藤壱係長は訝しげな顔をして、無言で封筒を手に取り中の紙を出す。
折り畳まれた一枚の紙を開いて中を見ると、目を丸くして言葉を絞り出した。
「これは……! これがあのお方からの手紙だと、どこに証拠が……!」
あぁなるほど。ここで必要になるのか。
と、これまたポーチの中から双葉ーちゃんからのブレスレットを出してまたテーブルの上におく。
「コレで、分かりますか?」
「「……‼︎……」」
何故か大吉さんまでもが驚いてそのブレスレットを覗き込んだ。
「これは…………!」
「おま……! このブレスレット……双葉ーちゃんから……⁉︎」
なんでそんなに驚いているのか。
「そうですけど……何か…………?」
「それは双葉ーちゃんがいつも身につけている物でな……。
昔……双葉ーちゃんからの依頼こなした時に、好きなものをやるって言われた時に、それだけはダメだって言われたやつだ。
力の一番強い全盛期に作った物で、これだけはやれん、って言って…………」
「え」
それよりわたしの作った身代わり護りの方が力が強いと言ってなかった? 双葉ーちゃん…………。
目を点にしてそれを見るわたしに視線が集まる。
「……ふん……こんなものを見せられては……拒否は出来ん。……ちょっと待て」
そう言うと、藤壱係長は立ち上がり所長室へと出て行く。
パタンと扉が閉まった時、わたしは大吉さんに謝った。
「……スミマセン大吉さん……」
「……何がだ……?」
「色々正規じゃない方法でことを進めてしまって……」
俯いたまま言うわたしの頭を撫でて大吉さんは言った。
「大丈夫だよ。これは……それこそ天秤に掛けた結果だ。何でもかんでもルール通りにやることが正しい、良いってわけではないこと、俺は知ってる」
見上げようと首を動かしたとき、膝の上で重ねていた手を突然握られて反射的にそちらを見る。
「父さんは頭固すぎるんだ。ゆうずうがきかない、っていうの? だから藍華は気にすることないさ!」
「籐騎くん……」
軽く手を握り返して、わたしは言った。
「それでもね、大事なことだと思うのよ……ルールを守るという事。
わたし達は今お父さんに、籐真係長に、無理やりルールを無視させている。その分これから行うことに失敗は許されない、と気合を入れないとね……」
使用不可となった神器から透明度の高い物を提供してもらったとしても、手持ちの資材の関係でおそらく一品しか作れない。
そう、失敗は許されないのだ────
頭から大吉さんの手が離れ、扉が開く。
「所長の許可を得ました。来てください。
藤騎、お前はそこで待っていろ」
大吉さんが立ち上がり、わたしもそれに続く。
籐真係長は、ソファ向こうの少しスペースがある方へ行き、わたしが初めこの部屋に入った時、何かが在ると感じたそこの壁に手を翳した。
「開錠」
何かのアーティファクトを手に持ってるらしく、手から伸びた光が、ただの壁に見えていたその部分を覆ったかと思うと、途端に古い木製の扉が現われた。
「どうぞ。金庫室の中は入れば自動で明かりがつきます」
開かれた扉の奥は、真っ暗でどの位の広さなのか見当もつかない。
「ありがとうございます」
大吉さんはお礼を言いながらゆっくりと中へ歩を進めた。
わたしも続いて、そろりそろりと中へ入る。
明かりがつく直前、わたしには沢山のアーティファクトの光が見えた。
明かりがつくと、低めの天井に壁一面に棚が付いていて、左奥に伸びている部屋の中央部分にも棚が何列か並んでいた。
中に入り、ざっと棚の中の物を見ていくと、そこは正にお宝の山だった。
「こ……これは…………!」




