205. 係長、各務藤壱《かがみとういち》
翌日、わたしたちは七時四十五分には待ち合わせ場所のカフェに着いた。すると────
「お、早いなボウズ」
少年はもうそのカフェの、昨日と同じイスに座って足をぶらぶらさせていた。
「ボウズじゃない! 藤騎だ!」
藤騎くんの今日の服装は、ジーンズ生地の短パンにTシャツの上に甚兵衛のような物を羽織っていて、動きやすそうなものだった。
「藤騎くん、おはよう」
「おはよう、藍華ねぇちゃん!」
大吉さんにはムッとした表情で、わたしにはとても可愛い笑顔を見せて飛びついてくる藤騎くん。
彼の七、三で分けられ切り揃えられたストレートの髪が、これまたその雰囲気に合っていて思わずキュンとしてしまう。
「なんだよその対応の差……。
五歳くらいの割に使い分け上手すぎないか?」
わたしに飛びついてきて頭をイイコイイコされている藤騎くんを見ながら、今度は大吉さんがムッとなって言った。
「僕は七歳だ!」
わたしも、てっきり五歳くらいかと思っていたので実年齢に少々驚いたけど、個人差ってあるよね、と思って言う。
「じゃぁ小学一年生?」
「そう!」
「学校はどうした学校は」
「休みだよー! 最近は7月はじめから8月末までが夏休みになったんだよ。知らないの? おじさん」
「おじ……」
「それよりも、早く行こうよー!」
右手を引っ張られ、研究棟の入り口へと歩き出すと、後ろからボソボソと、
「……まぁ確かにこの年頃の子供からしたらおじさんだし? 確かに荒事からは引退しようと思ってたくらいはおじさんだし……」
と聞こえてきた。
わたしから見たら、ぜんぜんなのに……っていうか、おじさんっていう歳だとしても……
後ろを気にしながら歩くわたしを、藤騎くんは急かしながら研究棟のガラス扉を開いた。
「藍華ねえちゃん、早くー!」
受付を済ませ、わたしと大吉さんはそのまま。藤騎くんは第一研究室のお父さんに用事があると言って、受付で小さなチャーム型許可証を受け取り、受付横の扉から棟内へと入る。
昨日帰る前にこっそり教えてもらったのだが、藤騎くんはアーティファクトの警報機能を一定範囲無効化する物を扱えるのだそうだ。
追跡用アーティファクトとセットでお爺さんから受け継いだのだとか。
昨日はそれでわたしのすぐ後についてきて入り込んだのだと。
ぜんっぜん気づかなかった…………
藤騎くんの案内でわたし達は第一研究室まで向かった。
「親父さんはもう来てるのか?」
「……うん……」
張り切って入ってきた割には、お父さんには会いたくなさそうな藤騎くん。握った手から、何か緊張感のようなものを感じる……。
「援護はしてやるつもりだが……実際俺達がしてやれることはあまりないからな? 自分でちゃんと話せよ……?」
「……わかってるよ……!」
その。援護ってどうやってするものなのか。昨日から気になってたけど。と逡巡している間にも研究室の前に着いたようで、藤騎くんが立ち止まって言った。
「ついたよ。ここが第一研究とうかつ室、お父さんのいる場所だ」
「統括室?」
耳覚えのない単語に、おうむ返しで聞くと、大吉さんがはじめ不思議そうな顔をしてから教えてくれた。
「?……そうか、みんなフツーに研究室呼びしてるし表示もただの研究室だもんな。
ここキョウトはニホン国内でのアーティファクトの聖地。この棟内に在る研究室は、全国に散らばる研究所の統括もしているんだ。だから、田次郎おじさんも正式な役職名は第三研究所副統括長と呼ばれるところ、長いしめんどくさいってんで副所長と呼ばれてる」
「なるほど……深く考えもせず、自分のいた所とは違う呼び方してるんだなーってざっくり思ってました……」
そのままを受け入れるというか、気にしなさすぎというか……。
「……なんというか、そういう順応力が高いよな、藍華は」
ただの無関心というか何というか、わたしのそんなとこまでプラス思考に考えてくれる大吉さんがもぅ……
嬉しくてしょうがない気持ちを抑えつつチラリと見上げると、大吉さんはこちらを見てわたしの頭を……撫でようとして手をひいた。
何故──。
「じゃあ、まぁ……お邪魔するとしますか」
ちょっとショックを受けているわたしをよそに、おそらく撫でようとした手をそのままグーにして扉の方に向け、ノックした。
四回のノックの後しばらくすると、扉が開いて白衣をまとった真面目そうな青年が現れた。
「何の御用でしょうか?」
「第三研究所の方から依頼があってきました。係長の藤壱さんにお取次願いたいんですが」
「何か書面はお持ちでしょうか?」
大吉さんの言葉に、所員は定型文のような質問を返してくる。
「こちらを」
大吉さんが差し出したのは、昨日の書類。ドラゴンブレスライカに必要な資材を書いたものに、田次郎さんのサインと第三研究所のスタンプが押されていた。
「そこに書いてある、こちらでしか手に入らないモノの提供をお願いに来ました」
書類を見たものにしかわからぬようにハッキリとは言わず──
所員は書類を見て少し慌てた様子になると、すぐさまこちらを見て言った。
「藤壱係長に、ですね。少々お待ちください」
そう言って慌てて入口からは見えない部屋の奥へと小走りで向かって行く。
藤騎くんと繋いでいる右手がキュッと一層強く握られて、彼の手が少し震えていることに気がついた。
わたしは握ったままその手を少し自分の方に引っ張り、大丈夫だよという意味を込めて左手で彼の手の甲を優しく撫でた。
しばらくすると、奥の方から先ほどの所員ともう一人、大吉さんよりも少し背が高く、けれど体格はヒョロリとしたいかにも研究員といった雰囲気の四、五十代の男性がやってくる。短くピシッと七三に分けられ、整えられた髪は額を半分近く覆っていた。手には所員から受け取ったであろう先ほどの書類を持って。
一瞬で藤騎くんのお父さんだとわかった。七、三の分け具合と顔のパーツがそっくりで。
機嫌が悪いのかと思えてしまうほどに眉根を寄せている藤壱係長は、難しそうな顔をしたままこちらを見ると、書類を握る手がビクリと動いた。
「お前……何故ここに……」
各務藤真という名前を各務藤壱に変更しました。
推敲中にトウマと名前が被ることに気がつきまして(汗




