201.成長
わたし達は急ぎ戻った。
流石に灯なしでは危ないと、花子さんの手からは灯りとなるアーティファクトがぶら下がっている。
「この辺り、です。ここまでは水神様の域となるのでここから先は入らぬよう気をつけねばならないです」
水神様の所から神社までのちょうど中間地点だろう所で、あまりここまでくることはないだろうけど、と花子さんは説明してくれた。
「わかりました。
そういえば……聖水はどうやって汲むんですか?」
双葉ーちゃんの言葉から、あそこの水が聖水になるのだろうと思っていたのだけれど、そうそう近寄れる場所ではない、ということはわかって謎が出てきた。
「滝壺から小さな沢が流れていたのにお気づきになりましたか?」
「はい。神社とは別の方向に流れていってるように見えましたけど……」
だからこその、謎。
「あの沢の先に小さな泉がございます。境内の横から少し整備されている道が泉まで伸びているんですが、聖水はそこで汲んでくるのです」
「なるほど……」
道が整備されているのならば、わざわざちゃんとした道のない滝壺へは行こうとする者もほぼいないだろう。
それからまたしばらく進んで、木々に遮られて見えなかった御社殿が見え始めると、わたしは何か違和感を感じて立ち止まった。
「どうされました?」
それに気づいた花子さんが振り向きこちらを見ると、境内の正面の方から空に立ち上る火柱が──
「……⁉︎……」
花子さんが火柱に気づいてそちらを見上げると、
「あれは双葉様がお呼びになった火の神がお還りになるところです」
火柱は、数秒ほどで消えていき、わたし達は境内の中へと向かった。
すると、境内の中央辺りに小ぶりの組み木が設置されていて、巫女姿の二人が水をかけて鎮火していた。そして一人が双葉ーちゃんを支えながら御社殿に向かっているところだった。
「おぉ、お前たちも戻ったかい。さぁ拝殿で話の続きをしようか」
御社殿に入り、先ほどと同じように座ると双葉ーちゃんを支えてきた人は、失礼しますと言って扉を閉め、そこから出て行った。
「どうやら……身代わり護りが必要なかったようじゃな」
双葉ーちゃんは、花子さんの付けたブレスレットを見て驚いたようにして言った。
そうか。今更だけど……水神様の所で必要かもしれなかったのか……!
「はい。どうやら私たちより藍華さんの成長度の方が上手だったようです」
「そうか……」
ん……? もしかして、二人は水神様のあの攻撃が防げない未来を…………?
「二人して、読み違えるとはな!」
そう言って笑う双葉ーちゃん。
これは喜んだら良いのかなんなのか。
微妙なところだと思っていると、
「喜んだらよいですよ」
そう言って花子さんまでもがフフフ、と笑う。
「そうさな。これで更なる希望が見えてきたというものよ」
双葉ーちゃんは、嬉しそうにそう言った。
「さて……わしの方から先に一つ。
火の神様はその玉を、火には決して近づけるな。とおっしゃっていらっしゃった」
「火に近づけない……?」
「もしかしたら、火に関することで命を落とした者たちなのかもしれませんね……その浮かばれぬ魂たちは……」
そうしたら、今水晶龍の中にあることは、間違いではない、と思えてくる。
「水晶龍の中は多少居心地が良いじゃろう。じゃが念のため、結界をこまめにかけ直しておいた方が良いじゃろう」
「わかりました。ここを出発する前に一度かけ直します」
ポーチを上から撫でながらわたしは言った。
「それで──水神様は何と言っておった?」
「何処かで解放するしかない、と。
ただ、水晶龍の中から出したら数分で渦巻く呪いが辺りを焦土と化すると──。然るべき場所を探して解放してやれと申していらっしゃいました」
そう、然るべき場所──。それは一体全体どこなのか。
再生の日を境に、人口はずいぶんと減り、人の住まない土地も倍増しているように見えるこの世界でも、そう簡単に焦土と化しても良い場所が見つかるのか……
「然るべき場所、か……火の神様もほぼ同じ事を申されていたが──その呪いのアーティファクトはおそらく半径一キロを焦土と化して、それから先何十年も草木も育たぬ場所となる。
このあまり広くはない二ホンで解放するとなると、下手をすると生態系を崩し、作物もとれぬばしょが出てくる……」
「草木も生えない……」
何十年もとなると、確かにどこで解放するにも無理があるように思える。
「場所、探しましょうか……国外の伝手も使って……」
花子さんの言葉に、外国との貿易があるということをまた身近に感じる。
けれど、外国の土地の広さから見てほんの一部だとしても。草木も生えない焦土と化することを承諾してくれる国などあるのだろうか。
「もともと草木も生えてない場所ならまだしも、そういう場所は人が住んでいるだろうし…………」
人が住んでいる場所がそんなことになったら余計大変なことになりそうな気がするしなぁ、と思いながら呟くと……
「……双葉様……」
何を感じ取ったのか二人は顔を見合わせた。
「……あぁ……花子、蝶子に連絡を。あと政府のバカどもと警察にも。大急ぎで洗い出してもらえ」
「わかりました!」
突然、ポンポン進んでいくお二人の話。
唖然としたまま急ぎ出て行く花子さんを眺めていると
「さすがじゃな。よう言うてくれた。もし見つかればそこで呪いのアーティファクトを解放できるぞ」
「え…………?」
わたしは訳が分からず気の抜けた声を出してしまう。
「草木に影響のない廃墟──人の住まぬ廃墟じゃ!」
再生の日以降、沢山の街は崩れ沈み、瓦礫にまみれたり土砂の下になり。そういう場所にアーティファクトを探して人々は貴重なアーティファクトを求めて発掘に行く。
けれど『発掘しつくされた』とされる場所も多々あるのだそうだ。
「優秀な探索アーティファクトの使い手が、この遺跡はもう発掘の必要なし、とした場所もいくつかあってな。
そういう場所ならば、生態系への影響は最小限で済ませれるだろう」
呪いのアーティファクト、水晶龍の体内にある物は、おそらく半径1キロメートル程度の影響力だそうで、政府機関の者にしらみつぶしに探させる、と双葉ーちゃんは言う。
「場所は奴らに決めさせれば良い」
政府の連中にも働いてもらわにゃな、と言って双葉ーちゃんは少し意地悪そうな顔をしていた。
「藍華、火の神様はな……解放するにも、首飾りなしの水晶龍ではそれまでに呪いの力が勝ってしまうとも仰っていた。じゃから明日の午前中には水晶龍の力を上げる為、首飾りの製作をたのむぞ」
「は……はい……!」




