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ハンドメイダー異世界紀行⁈  作者: 河原 由虎
第一部 四章 キョウトにて
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198.乙女が二人

 進む道は少しだけ手入れされているようで、そう多くはなさそうだけど、人の行き来はあるように見えた。


「ここは“一般の方”が入れない場所なので手入れも不十分です。足元に気をつけて来てくださいね」


「はい、ありがとうございます……」


 どこか……“一般の方”とか……言葉に棘を感じるのは気のせいだろうか……。

 いけないいけない。自分の勝手な思い込みかもしれないことで、人の言動の雰囲気を脚色したりして考えては……。


 ぐるぐると、いろんな考えに感情が振り回されそうだったので、先をゆく花子さんの背を眺めながら、出来る限り足元と付近に注意するよう意識した。


 夕暮れの森は鳥達もねぐらへと向かうのか、森の奥の方へと飛んで行く。風が揺らす木々のざわめきが心を洗うかのように感じられ、少し気持ちが前向きになって来た時、花子さんが先を行きながら話しかけてきた。


「藍華さん……」


「……はい」


 何を言われるのかと不安やらなんやらといった感情が、再び心の中をよぎる。


「私はこれほど巫女であることと、自分の性質が疎ましいと思ったことはありません」


 ……一体何を……?


「お伝えしておきたいことがあります……」


 そう言って立ち止まりこちらを振り向くと、彼女のおかっぱ頭の髪の端が風に吹かれてサラリと揺れる。

 真剣な眼差しの彼女と対峙して、わたしは背筋を伸ばして真っ直ぐ彼女の目を見つめた。


「……もう、お気づきと思いますが、私も…………大吉さんのことが好きです」


「……!……」


 ストレートにきた……!

 というか、やっぱり……!


 凛とした雰囲気を纏いそう告げる彼女の姿は美しく、木々の木漏れ日も手伝ってか神々しくさえ感じる。


 わたしはドギマギしてしまって、口から何の言葉も出なかった。


「双葉様のお力同様、私のこの先読みの力も絶対ではありません。

 完全ではない力だからこそ、幾つもある未来の別れ道の可能性の高いものが見え、人の行動によっては見えた物とは別の未来へと繋がるのだと思っています。これまでの経験からも……」


「…………」


 彼女には一体どんな未来が見えたのか……


「ここ数日で、随分と変化しましたね……藍華さん。今日は……ハッキリとわかりました。貴女の気持ち」


「……!」


 え…………じゃぁもしかして、この混乱してる気持ちもダダ漏れ……⁉︎


「……あらかた……」


 そう苦笑しながら言う花子さんからは、刺々しさは感じず、この宣言を受けた意味を測りかねていると


「もし、貴女が元の世界に戻ることになっても、ご心配なさらないでください。とお伝えしたかったのです」


 ドキリと鼓動が大きく感じて、わたしは花子さんを凝視してしまう。


「……蝶子にも諦めろと言われましたが…………

 誰に叶わぬと言われても……この想いは止められません……」


 止められない想い、それはよくわかる……。

 わたしも同じ想いを抱えている。

 自分も同じように想われたい。

 できることなら自分だけに…………


 わたしは花子さんから目を離すために俯き地面を見た。


 あのキ……スからも……少なからず何か想われているのではないかという期待はしなくもないけども……でも、何かハッキリと言われたわけではないし、あの頭ポンポンは子供扱いな感じがして……そういう対象として見られているという自信は、ない……。


 新たに独占欲を自分の中に発見してしまい、胸が苦しくなってくる。


 人を好きになるということはこういうことなのか…………


 あちらの世界では、人を好きになったことなどなかった。友達といえる者がそもそも少なく、そういう話題とも縁がなかった。だからこういう時どういう風にするのが正解なのかわからない……


「じゃぁ……花子さんとわたしは同士でライバル、ですね……」


 ここに来て、今になって改めて自分は色々なことが希薄だったのだなと思い知りながら、わたしは再び視線を花子さんに戻し、なんとかそう言葉を絞り出した。


 すると花子さんはピクリと肩を震わせた。


「私は巫女で…………双葉様の教えを受けているので、己を制する力を持っているという自負もあります。だから作り話のような『乙女の戦い』には成り得ませんし……。

 本心からそのようにおっしゃる貴女なので……私も強くは出れません……」


 そう言う彼女の目は少し悲しそうに曇っていたけれど、口元では静かな笑みを作っていた。


 少しの間わたし達は、目だけでそれぞれの意思を確認するかのように黙ったまま見つめ合った。

 わたしも強くはでれない。何故だろう……。己を制する力があるかなんてわからないし、花子さんの告白を聞いてから心臓はドキドキしっぱなし……。


 黙りこくってしまっていると、花子さんがこちらに背を向けて、再びゆっくりと進み始めた。


 後を追いながらわたしは考える。

 

 先程自分の口から出た言葉はたしかに本心で……

 でも、できることなら負けたくないと思っている自分がいる……勝ち負けの話でもないと思うのに……。

 自分だけを見て欲し…………い……と……思っている。


 でも、たとえあちらの世界に戻ってしまって、大吉さんの進む未来にわたしが関われないのだとしても……大吉さんに幸せになってもらいたい。

 綺麗事を、と言われても……本当にそう思っているし、好きな人の前でくらい『素敵な人』でありたいと思う。


 あぁ、だから、わたしも強くはでれないのか────


「わたしも……強くは出れません……。己を制する力がわたしにあるのかどうかは……わからないですし……強く出れない理由も……花子さんと比べたらとても自己満足で勝手で……ちっぽけな理由ですけど…………」


 花子さんの歩みが止まり、わたしもその背を見ながら止まると、彼女は半身でこちらを見て言った。


「少し……似ているのかもしれませんね、私達…………」


 その、ふわりと柔らかい微笑みに、心の中にあった何かが溶け出した気がした。


「……そうかもしれませんね……」


 多分、お互い同じことを感じているのかもしれない。そう思いながらその微笑みを見つめていると、彼女は言った。


「さぁ、もう少しです。いきましょう」


 先程とは違う雰囲気で再び進み始め、わたしは彼女のこれまでの言葉を思い出しながら、考える。


 『幾つもある未来の別れ道』


 わたし自身は元の世界に戻りたくないけれど……戻る可能性もやはりあるのだと────


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