189.イメージの方法
「そこから先は先程俊快さんのおっしゃったように、作業していきます」
何故だろう、こんなにもハッキリとイメージが脳裏に現れてくるのは……
「お嬢ちゃんの感じる力は紛れもなく本物だな……。もしかしたら、研鑽していけばオレと同じように声を聞くこともできるようになるかもしれないぞ」
俊快さんが感嘆の声でそう言うと、わたしは思わずキラキラした顔で食いついてしまった。
「是非その研鑽の方法を伝授してもらいたいです!」
「……機会があったら、な……」
苦笑してそう言う俊快さんに、その横で何故か笑いを堪えている田次郎さん。その視線はわたしの隣の大吉さんに……
何故? と大吉さんの方を見ようとした時、田次郎さんが口を開いた。
「しかしそうすると、藍華の負担が大きすぎるだろう……何か大吉に委託することはできないか?」
……負担なんて特に感じはしないだろうと思ったけれど、田次郎さんの言葉から一つのことを思いつく。
「大吉さん」
凝り固まっていた概念が、どんどん外れていく気がする。
「大吉さんにはトウマの指輪のコントロールをお願いしてもいいですか?」
「……え……?」
わたしの言葉に、思いもしなかった、と言わんばかりの呆けた顔でこちらを見る大吉さん。
「水で龍石を包むってやつを、か?」
「はい。はじめは全部わたしがーって思ってたんですが、田次郎さんの言葉でそうする必要も多分ないんだと気づきました。
この間夕紀美さんから少しお聞きしたんですが、医療系アーティファクトの六芒星の結界、あれは通常六人の医師がポイントごとの水晶を担当して操ることで治療をする事が可能なんですよね?」
この世界の医療においてはチームワークと相性、それが重視されるそうで、大きな怪我や重い病気の人は可能な限り迅速に大きな病院へと回されるシステムが確立しているとも。
「あぁ。互いの力を感知し、調節しながら力を合わせて治療を行うのが通常だ。大吉の叔母である夕紀美は医師の中でも異色で、一人である程度の治療をこなせる、ある種化物みたいな力の持ち主だが」
夕紀美さんが聞いたら鬼の形相になりそうなことをさらっと言う田次郎さん。
わたしは苦笑しながら説明を続けた。
「それと似たような感じで、いけると思うんです。
大吉さんに、トウマの指輪を使って呼んだ水で龍石を包んでもらい、それをわたしが新しい子でトレースする。
医療用のアレは全員が同じ程度の力を出す必要があるそうですが、コレは龍石を水で包むだけです。全力で包んで、伝われ、と思っていただければ……」
相手が大吉さんじゃなかったら、多分全部一人でやる事を選んだと思う。
けれど、何故だろうか……大吉さんにやってもらった方が精度が上がる気がする……。
「そうしたら、少し気が楽になるんですけど……ダメですか……ね?」
そう言いながらわたしは大吉さんを見上げる。
真剣な表情で見つめ返してきた大吉さんは、ふっと指輪を包んでいるわたしの手に目をやると小さくつぶやいた。
「……やってみるか……」
やった!
「タイミングは?」
「これはピッタリ同時じゃなくて大丈夫です。一番最初に龍石をトウマの指輪で包んでください。どんな小さなひびも、凸凹も、全て。余すことなく優しく包み込むイメージで」
「イメージか……」
何か、難しそうな顔をして俯く大吉さん。
「イメージするのが難しいか?」
俊快さんの言葉に苦笑し頷きながらそちらを見る大吉さん。
そうか……大吉さんは現実的な数値とかの方がわかりやすいのか……。
数学的に表現する方法はないかとわたしが考えていると、俊快さんが何とも言えない、ニヤリとした笑顔で瓢箪に蓋をしながら言った。
「そうだな……大事なものを守るイメージだ」
どんなふうに説明するのだろうかと、わたしは俊快さんの方に目線を移し──
「例えば……好きな女の頭の先から足の先まで。なんなら髪の毛の先までも……余すことなく包み込んで守ってやりたいって思うだろう?」
そのまま固まってしまった。
く……苦笑していた大吉さんの表情が。見れない。
ただ。飲んで少し顔が赤くなってきた俊快さんの横で、田次郎さんが身を捩ってこちらに背を向け肩を震わせはじめ…………
「何つー例えだよ……オッサンが……」
その言葉に、ほんの少しだけ勇気が出てチラリと見てみると……左手で顔をおおい、しばらく沈黙する大吉さん。
ふぅ、と一息つくと、顔から手を外してこちらを向く。
「藍華、貸してくれるか」
「は……はい」
指輪達を包んでいた手を開くと、トウマの指輪を手に取り、一歩前へ出た。
「とにかくやってみるよ……」
そして、右手の小指にそれをはめて龍石にかざし、指輪の力を発動する。
「……発動……」
その言葉の直後、龍石が光るドームにつつまれた。
すると光るドームのてっぺんから、チョロチョロと水がどこからともなく降ってくるのが見える。
龍石の表面をじわりと濡らしはじめたと思ったら、降る量が増え、どんどんと光りのドーム内に水が溜まっていく。
水は龍石の表面を撫でるようにして降り続き、あっという間に一杯になった。
光が少し収まり、その水が少し薄紫がかった色である事が見て取れるようになると、フワリと何かの花の香りが……
「花の香りか……?」
「まるでジャスミンティーみたいな香りですね……」
爽やかで、それでいて少し甘みを感じ、わたしは目を瞑ってその香りを感じてみる。
「これは……藤の花の香りだな」
「きっとそのトウマの指輪とやらは、藤の花に縁があるんだろう」
田次郎さんの言葉に俊快さんが答えた。
優しい、温かいその香りに包まれて、何かの声が聞こえた気がする。
準備ができたと。
「大吉さん、少し後ろに下がって力はそのまま維持してください」
言いながら棒人間の指輪を外してポーチにしまい、代わりに両手の中指に二つの指輪をはめる。
左手に大吉さんからいただいた子、右手に新しい子を。
大吉さんが手をかざしたままゆっくり下がってきて、隣に立つ。
わたしは少しドキドキしながら、大吉さんがかざした手を取り両手で包み込み、目を閉じて顔に近づけた。
「ありがとう、君の力を貸してくれて──」




