018.初めての市場
この時代の建物や人の様子を楽しみながらしばらく行くと、限界突破して、感覚が平常に戻った。「自分で歩きます」と言って下ろしてもらうけれど……
「家まで我慢できるか?」
「気力は十分なんですが……低血糖状態になるとヤバいかもですね」
最悪さっきみたいに動けなくなるだけで済むとは思うけれど。
「じゃぁそこに市場があるから寄って行こう」
連れていかれた場所は大橋手前。大きめな空き地だろう場所に、所狭しと並ぶ屋台。昼過ぎだからか、もう品も人もまばらにはなっていた。
すぐそこの川には港もあるようで、船もたくさん止まっていて、様々な物品が市場で売り買いされているのだろうと想像が膨らむ。
この場所のことはよく知らないけれども、ここまでの道も、これまでに見えた景色も、わたしの知る東京ではなく。どこか懐かしい気はするけれども全く別のもの、という感じがする。
それでも東京の街がいずれこうなってしまうのかと思うと、どこか胸が苦しくなる気がした。
「朝はここの人混みも避ける意味合いもあって急いだんですね?」
「そうだ。週一で立つ市場でな。今週は買う物もなかったから来るつもりはなかったが、まぁいいだろ。今朝のボランティアでちょい収入も入るから」
ボランティアで収入?
「あ、ここのボランティアってのは有償だぞ?
手伝えるものが手伝える時に手を貸す、そしてその見返りは国がシッカリ払う」
国が機能していることにも驚いた。
「まぁ額は時給にちょっと色がついたくらいだがな」
ボランティア本来の意味にそった活動になっているということだろうか。
「すごいですね。わたしのいた時代からはとても考えられないです」
ボランティアは無償で持てる技術を時間と体力を提供するもの、という風潮が強かった。美徳でも何でもなく、ただの“搾取”と化していたあの時代のボランティアを思う。
きゅるるうううううるるううん
思考を初期化するかのような切ない音が鳴り響く。
「……スミマセン……ものすっごくいい匂いが…………」
屋台のいくつかからは、まだ煙が出ていて。それぞれからいい匂いが漂ってくるのだ。お腹が切ない音を奏でてもしょうがあるまい。
「はっはっはっは! 好きなだけ食べていいぞ!」
う、そうは言われても体型維持のために適度なダイエットは……
結論から言うと無理だった。
「…………んおいっしぃ‼」
一番初めに食べたのは、魚をすり身にした団子だった。
塩だれに醤油だれ、どちらも美味しすぎて……。
「気に入ったみたいでよかった。次はアレだな、まだ残ってるといいが。」
見れば、閉まっている店も多く、何があったのかものすごく気になる。
「こっちだ」
大吉さんの後について行った先は。
「さぁさぁ!残りは二つだ!
美味しいよー! 美味しいよー!
ここで食べなきゃ損だよ損‼」
わりとベタな口上で、何かを売っている叔父さんが1人。
「その残り二つくれ。」
「お! 大吉っちゃんひさしぶりじゃないか!」
ささっと包んでくれるお店の人。
「ここんとこ立て込んでてなぁ。ようやくゆっくりできるかと思ってたところに、今朝のあの陥没事故だ。
レスキューに行っててな。朝飯も食わずに行ってたから腹ペコでさ」
「お連れの子は?」
わたしを見ながら言うお店の人。
「しばらく家に滞在することになった知り合いでな。アーティファクト関係の職人だ。」
なんという紹介。まだ職人としてやっていけるかわからないのに。
でもまぁいっか。
「よろしくです♪」
「大吉っちゃんがなんか変なことしたら俺のとこおいで」
真顔で手早く包んだそれを渡してくれる。
「あ……りがとうございます…………」
「なんだよそれ……」
不満そうに言う大吉さん。
「毎度あり! 半額でいいよ、大吉っちゃん!」
「サンキュー」
お代を渡してお釣りを受け取る大吉さん。
「さ、行くぞ。あとは飲み物と───できたらデザートが欲しいな」
そして、飲み物に到達するまでにいろんなお店の人に声をかけられ、色々もらった。
本当に色々。
なんかスープとか、串肉とか、嬉しかったのは枝豆があったこと。
「この時代にも枝豆が……!」
などと感動していたら、もっと持ってけーと、生の枝豆を大きな袋に入れてくれた。




