186.美味しいお酒の飲める瓢箪
「そう、そこに頼む」
大きな焦茶色と若草色の風呂敷のようなものが並べられていて、焦茶の方に置くよう言われたので、そちらにそっと龍石を下ろした。
「田次郎、石膏をその若草色の上に置いてくれ」
「おうよ」
アーティファクトの力を解除すると、龍石はシートの上に安定した状態で置けていることがわかる。
下ろしたことで龍石のサイズがよくわかった。
高さはわたしの腰ぐらいで、ちょうど両手で抱えれるくらいの大きさだ。
「力のコントロール、上手くいってるみたいだな」
「はい、なんとか!」
加護の力がどれくらいのものかはわからないけれど、
気をつけ方というかなんというか、その感覚はわかった気がする。
「あの、力出過ぎの時の状態なんですが……。
例えば──手に持ってたお玉がいつのまにか大鍋に代わってるのに何故かそれに気づかないで、笑顔で大鍋から小さなお椀にスープを勢いよく注いでるイメージだな、て思ったんですよ」
「……ほぉ……?」
「そこで、お玉やめてポットをイメージしてみたんです。ポットから注ぐイメージ。
どんなに大きなポットでも、注ぎ口は一つ。出る量は一定。そしたらとりあえずこれまでと同レベルの力が出せるんだ、とわかってきました」
わたしは腕を組みながら、必死に考え思いついた例え話をした。
実は朝食前、細石からビーズを作った時も実は少し大変だったのだ。
クオリティが良いものが作れるのは良い。良いのだけれど。これまでと同じように、同じ分の容量だけ使用され、半端な分は残るものと思っていたら、どういう原理なのかわからないが、少し多めに置いた細石全部を凝縮した状態で、元となるビーズと同じサイズの一粒になってしまった。
「なんか面白い例え話だったが……イメージ的にはわかった気がする」
何かがツボに入ったらしく、笑いを堪えているのか、大吉さんは口を左手で覆いながらそう言った。
「その。出てくる中身をいろんな物にコントロールできるとなお良いぞ。上質な酒とかな!」
いつのまにやら栓の付いている瓢箪を左手に掲げて少し離れたところにあぐらをかいて座っている俊快さん。
田次郎さんは若草色のシートの方に、石膏の砂をざざーっと出している最中だった。
「相変わらず飲みながらやってるのか?」
「飲むと感覚が鋭くなるんだよ、オレは。
あと、コイツが適量以上は飲ませてくれんから、安心しろ」
田次郎さんの問いに、そう言ってくるっと瓢箪を回し反対側をこちらに見せてくる。するとそこには何やら人物画が描かれているのが見えた。
長い髭に長い杖のようなものを持ち、何やら変わった形の帽子を被っていて、着物に袴を履いた老人の姿。
その横には『寿老人』と書かれている。
「それは……! どんな酒を入れても最上級に美味い酒になるというアーティファクト……寿老人の瓢箪!」
大吉さんが、目を丸くしてそう呟いた。
「知ってるんですか?」
「トウキョウの方ではほとんど手に入らない一品だ……」
この大吉さんの驚きようからすると、よほど貴重なものなのか。
「そういえば大吉さんて、あんまり飲まないけどお酒結構好きですよねー?」
喫茶店だからか酒類は店の方には置いていなかった。店の方には。
だが、食糧庫の冷蔵庫の方には、良さげなお酒が数本。ワインらしきものも入っていた記憶がある。
「ど……どうしてそれを……」
「何本か美味しそうなのが食糧庫の方にあったのを見たので」
隠さなくてもいいのにー。それともなんだろうか、飲みすぎると人格変わるとか……?
昨晩もその前の宴会の時も、思えばあまり飲んでなかった大吉さんを思い出しながらにっこり笑顔で言うわたし。
「残念だが、五年待ちだ。彫りの合間の気の向いた時にしか作らんのでな」
「あんたがそれの作者なのか……!」
「コレはオレの愛用だ。やらんぞ」
「いらんわ!」
少し残念な気もするが五年待ちだしなぁ……と思っていたら、
「正面から注文させてもらおう。トウキョウの大吉で予約入れておいてくれ!」
大吉さんが注文した。この場で。
やっぱり好きなんだ。
「……はっはっは! いいだろう、予約に入れといてやるよ」
五年後も……ここにいたいな…………
「俊快の作る仏像や絵巻は、寺や神社、又は特殊な一族の守りとされることがある。
ただ、なかなか依頼は受けないし、ふらりと旅に出て帰ってこないしで一般に出回ることは少ない。
聞くところによると地蔵彫って、そこら辺に置いてきたりしてて、その土地の守りになったりしてるらしいが、コアなファンが多くて人気だ。
その瓢箪もな。山のように注文も溜まってるのに、それをこなしてから旅に出ないもんだから、どんどん溜まる一方らしいぞ」
石膏の砂を置き終えた田次郎さんが、俊快さんの横に同じようにあぐらをかいて座り、言った。
「今回も旅から帰ってきたばっかりだってのに呼び出されて。お陰で髭剃る時間もなかったよ」
「ワイルドで素敵だから、いいんじゃないですか?」
彼の全体的な雰囲気にピッタリだと思うのだ。その髭。
少しテレたようにしながら、髭を撫で、グイッと瓢箪をあおる俊快さん。
「さて、藍華といったか、お嬢ちゃんのアーティファクトたちが手伝えやらなんやら……うるさく言うんで少し言わせてくれ」
さっきも言ってた、アーティファクトの声……! 聞けるものならわたしも聞いてみたい……!




