184.仏師との出会い
「そうか……、意識してやってみよう」
借りていたレプリカ製作用アーティファクトを渡すと、テーブルの上に置いてそう言った。
「じゃぁ朝食まで俺は夕紀美さんの修復依頼をこなすか」
「わたしはご飯が来るまで双葉ーちゃんから依頼された身代わり護り、作ります」
朝食が届けられる七時半まで、大吉さんは修復を。わたしは石屋のよっちゃんから仕入れた細石を資材として、新レプリカ用アーティファクトにて、なんとかAクラスと呼べるクオリティのビーズを作ることができた。
朝食後は、とにかく作れるだけ作ろうと、部屋にあったクリップボードを拝借して紐を固定し編んでいった。
昼食が運ばれるまでにはなんとか四本の身代わり護りを完成し、後は田次郎さんからの連絡を待つのみ、と食事を進めていると、
「待たせたな! お、今昼か?」
「いらっしゃい。おじさんも食べるか?」
田次郎さんは、大きな荷物を背負ってやってきた。
「いや、結構だ。さっきとってきたから」
そう言うと、壁際の所にドサリと背負っていた鞄を下ろして座った。
「それは?」
大吉さんの質問に、大きな鞄をポンポンと叩きながら田次郎さんは答えた。
「仏師の所望した石膏と、夕紀美が泉のほとりにて採取していたという竹の葉だ。みーばぁの例の袋、持ってるだろ? それで一気に飛ぶぞ」
なるほど、てっきり昨日と同じルートで行くのかと思っていたけれど、境内の中にあった新鮮な葉。それで神社ワープするのか。
昨晩仏師と連絡をとり、金型用などの材料は持っていくから、石膏だけでもこちらで用意してくれと言われ、大急ぎで調達してきたのだそうだ。
「しかし、お前たちちょうどいい所に泊まってたな」
食事も終わり、必要なものを持って玄関へと向かう途中、田次郎が言った。
「ちょうどいい、ですか?」
「あぁ、この宿の敷地内にな、小さなお稲荷さんがあるんだよ。知らなかったか?」
田次郎さんに連れられて、本館の方にある大きな庭園へとくると、端の壁際の方に古いけれど綺麗に手入れされている小さなお社があった。
可愛らしいミニ賽銭箱まで付いている。
「可愛いお社……」
田次郎さんは、お社の横に生えている木の葉をプチプチむしってわたしに手渡した。
「帰りの分な。みーばぁの巾着に入れておいてくれ」
「あの、仏師の方は……?」
「彼は自力で昼頃には行くと言っていたから、もう着いてるかもしれんな。帰りはどうするか聞いてないが念のため彼の分も入れておいてやってくれ」
「わかりました」
葉を四枚巾着に入れ、代わりに中に入れてあった小銭を三枚取り出し大吉さんと田次郎さんに一枚づつ渡す。
田次郎さん、大吉さん、わたしの順に、離れを出る時に受け取った竹の葉を小さな賽銭箱へ入れ、また同じ順番で小銭を入れる。
三人揃って二礼二拍手をすると、小さなお社は眩く輝きわたし達を包んだ。
光が収まり目を開けると、そこは澄んだ空気でいっぱいな泉横の小さなお社の前。
「相変わらず、凄いよな! この移動方法」
田次郎さんは満面の笑顔でそう言うと、急いで行くぞと先頭切って御社殿に入っていってしまう。
清浄な様子の泉を目の端に写しながら、大吉さんとわたしは後を追いかけた。
入口に揃えてある靴を見て、仏師さんがもう来ているとわかる。
「待ったか? 今日はよろしく頼むよ」
奥の方から田次郎さんの声が聞こえ、大吉さんが引き戸を閉めるのを待って、一緒に本殿の龍石の元へと向かう。
幣殿と本殿を区切っている御簾は既に上げられていて、龍石の祀られている内陣の手前に座る人が一人。田次郎さんが座るその人に話しかけているのが確認できた。
目線を下げると、肩甲骨辺りまでの癖のあるボサボサの長い黒髪を乱暴に一つにまとめ、大きな荷物を横に置いて正座している人物が、社の扉を開けた状態で真っ直ぐ微動だにしない状態で龍石を見つめていた。
「先程着いたところだ。
よろしく頼むと言われてもな……オレは反対だぞ。言っておくが」
その言葉に、冷たい何かを胸の奥に感じる──
「一体誰なんだ? こんな突飛もない事を思いついたのは」
そう言いながら立ち上がり振り向いたその人は、田次郎さんよりも随分年上で少しだけ背が低く、無精髭に垂れ目で、全体的に“濃い”顔の人だった。
わたしは生唾を飲み込んでから答える。
「……わたしです……」
「……お嬢ちゃんが……?」
わたしを頭から足まで一瞥する途中、ウェストポーチのあたりで一瞬視線が止まるが、最終的にはわたしの目を見据えて問うて来た。
「ものすごいアーティファクトをいくつか持っているようだが……あんたが作ったのか?」
この人……“見える人”だ……!
「どれのことをおっしゃってるのかわかりませんが……」
ポーチの中には作品交換で頂いた物や、ポーチの下にはちょうどポケットもあって、そこに入れてあるチェーンの先には今朝大吉さんが作ってくれた時計のレプリカも入ってる──
「雫型の……なんだか変わった形の文字みたいなのが入った物や時計のヤツだ」
雫型と時計⁉︎ っていうかなんで見てもいないのにどんな物かって……⁉︎
「どうしてそれを……」
わたしの問いに、男は頭をポリポリかきながら答えた。
「……オレはな……聞こえるんだよ。アーティファクト達の声が」
声……⁉︎
「あー……ったく! どいつもコイツも嬉しそうな声で話しかけて来やがって! ちょっと黙っとけお前ら! オレはこのお嬢ちゃんと話がしたいんだ!」
男のその言葉の直後。その場の空気が変わった気がした。
「アーティファクトたちの声から、お嬢ちゃんが腕利きのマスターだってことはわかった。
オレが聞きたいのは──この龍石を資材として精製し、なんの力も持たない失敗作が出来た時、どうするつもりなのか、ということだ」
その、言葉にわたしは一瞬固まってしまった。
胸の冷たい部分が、まるでそこに氷の塊があるかのように感じる────
「おっさん──!」




