172.蝶子の役割
一般人の行き交う雑踏の中、医療班や警備隊らしき人たちともすれ違いつつ、大吉さんとわたしは現場へと向かった。
現場に着くと、見覚えのある人影が一つ……医療班の手伝いをしているようだった。
そこにはまだ、十数人の重症者含む怪我人がいるようで、そのまま治療を受けている者、増血処理を受けているらしい者といた。
「かなり大所帯な警備だったんですね……?」
貧血でうろおぼえとはいえすれ違い運ばれていった人数は十くらいはいたはずで。
その人たちの怪我がここにいる人たちより重かったなら…………
人の輪の端にいたわたしたちを先に見つけたのは蝶子さんだった。
「大吉さん……! お連れの方……良くなったのですね?
良かったです」
「あぁ……まぁ…………」
言葉を濁す大吉さん。
「もし、君が今大丈夫なら一応確認してもらいたいんだが……頼めるか?」
そしてそのまま蝶子さんにお願いをする。
──そうか、特殊隊員の中の医療関係を担ってるのかな…………?
「もちろんです!」
蝶子さんはそう言ってわたしを一瞥してから手を合わせ目を瞑り、手の節を少しずらしてから深く深呼吸をする。
すると──蝶子さんの手につけているブレスレットが強く光り出した。
スッと目を開いて顔を見られる。
その目はアーティファクトの光を写し、不思議な色に輝いていた。
「状態は疲労…………ですね」
どこか冷たいものを含んだ笑顔で言われる。
「貧血はほぼ問題なさそうですね……“軽度”になってます」
「……も一回くらいしといたほうがいいか……?」
大吉さんの小さな呟きにビクン! と反応してしまうわたし。
「そうですね、もし……これから何かアーティファクトを使う予定があるならその方が好ましいかと…………」
「そか……じゃ、藍華」
目の前に差し出された右手に、わたしも右手を思わずお手をするように手を乗せると、
「…………!…………」
キュッと握られて上から左手で包むように重ねる大吉さん。
また……キスされるのかと思っていたわたしだが、どうやら手を重ねるだけでも効果は出せるようで、気づかなかった体の違和感がまた消えた。
「…………状態は正常。流石です、完治ですわ」
蝶子さんの言葉に安堵の息を吐いた大吉さんはお礼を言った。
「ありがとう、蝶子さん。
何か手伝えることはあるか?」
「では、あの方々に付き添ってキヨミズ医院へお願いします。先に付き添って行った方々の戻りが少し遅いようなので……」
「わかった、引き受けよう」
「あ、ありがとうございます……!」
何故か手は握られたまま。わたしが軽く礼をすると、大吉さんは左手でわたしの右手を握り直し、引っ張るようにして医院に向かう重傷者のところへ向かった。
…………手…………!
「次に向かう者は彼か?」
大吉さんが担架を今まさに持ち上げようとする警察の羽織りを着た二人の人物に声をかけると、後方に位置する人が答えた。
「そうだ!」
「付き添おう。なんなら変わるか?」
「あんたはさっきの……」
前方の人が何事だ、と振り向き大吉さんを見て言う。
先程増血師が来れるか聞きに来た時に話をした人物のようだった。
「応援に来た。人が足りないならやるぞ?」
「一人でも手伝ってくれるなら助かる! じゃぁお前、顔見知りみたいだしこの人と先に行け。俺は次の重症人を連れて行く!」
はじめに返事をした後方の持ち手の人が、すぐさま別の方へと駆けて行き、大吉さんがその人の代わりに担架の片方を持つことになり
「よし、行くぞ!」
前方の人の掛け声とともに担架を持ち上げ、キヨミズ医院へと出発した。
わたしは大吉さんの横に並ぶようにして走りついて行く。
「…………う…………」
「すぐ連れてってやる! 頑張れ!」
大吉さんの声に、警察の羽織りで傷の部分を覆われているその重傷の男性は力なく頷いた。
血の匂いが……今日受けた傷を思い出させるのか、完治と言われたはずなのにめまいのようなものを感じてしまう。
惑わされるな、コレはわたしの流した血じゃない……! この人の傷が早く治りますように…………!
そう思いながら何となくその人に手のひらを向けたその時。
わたしのポケットの中のベルカナが反応した。
一瞬。ほんの一瞬強い光を放ち、重症人を包み込んだ。
前方を持つ警官は光には気づかず同じ速さで進んでいて、行き交う人々も特には気づかず歩を進めている。
気づいたのはわたしと大吉さん…………
「…………⁈…………」
「……………………」
大吉さんは驚いて少しテンポがズレて前方の警官に問われたけれど、
「大丈夫か⁈ このまま行けるか?」
「大丈夫だ! このまま行ってくれ!」
そう答えた。
無事にキヨミズ医院まで到着すると、ちょうど入れ替わりに運び手が二人出発するところだった。
「あと何人だ⁈」
「重傷者はあと四人だ!」
「じゃぁお前もすぐ戻ってこい!」
「わかった!」
ここにくるまでに一組の運び手とすれ違ってる。そして現場の方には残り三人いたっぽいから、応援が来ない限りまだ往復しなければならないだろう。
「あの! わたしここからなら代わります!」
棒人間の指輪を使えば担架くらい大丈夫、と声を上げた。
「お嬢ちゃんが……⁉︎」
「俺が保証します。ちゃんと処置室まで送り届けるんで、行ってください!」
「そうか……! ほんと助かる! ありがとう!」
大吉さんの援護を受け、無事前方の人と入れ替わり、看護士の案内で処置室前へ。
「こちらです!」
「この怪我人の担当医は?」
大吉さんの質問に、わたしは祈った。
どうか夕紀美さんでありますように……!
「夕紀美医長になります!」
その時ちょうど、ドアが開かれ治療の終わった患者が運び出されてきた。




