169. やだ……! 大吉さん…………!
抱えられたまましばらく行くが、正直……自分の状態がよくわからない…………
目眩はない、でも頭痛がある。
大吉さんはキヨミズ医院までの道も、今も、とても慎重に揺れが少ないように歩いてくれてはいるけれど、なんとなくこれ以上はまずい気がして口を開いた。
「…………大吉さん…………」
「ん、どうした?」
件の場所と医院迄の、人々が慌ただしく行き交っている道で、大吉さんは歩を止めて耳を傾けてくれる。
「スミマセン……これ以上の移動………キツイみたいです…………そこの神社で休憩してても良いですか…………?」
先ほどから見ていると、近辺は問屋街らしく食事処や茶屋のような気軽に入れて一人でいれる場所は無さそうだった。
少し先に大きな鳥居が見えたので、そこなら安全だろうと思って言ってみた。
「そか…………」
大吉さんはしばらく考えたあと、言った。
「わかった……ここまででも何人もの怪我人とすれ違ってるから、もしかしたら向こうの治療はもう終わるかもしれないし……ちょっと行って様子見てくる。
変なやつとかに絡まれそうになったら結界だけでも張って身を守るんだぞ?」
「はい…………」
心配そうな顔で覗き込まれ、力なかっただろうけど笑顔で答えた。
入り口の鳥居を潜り、立派な狛犬の所でわたしは下ろしてもらうことにし、
「本当にここで良いのか?」
「はい…………奥の方に行っちゃうと入り口から遠いし、横になってなきゃいけないほどではないので……」
神社の外からは見えにくいように、御社殿の方側でゆっくりと下ろしてもらい、心の中で神社の主と狛犬さんに語りかける。
(スミマセン、しばらくこの場所、お借りさせてください……)
狛犬の台座の根元にある出っ張った部分に腰掛けて、台に頭を預け大吉さんを見上げる。
「急がなくて大丈夫ですよ……ここでゆっくり待ってるので」
多分、精一杯の強がり。
これ以上心配かけたくない、という。
本当は離れていたくないけれど、これ以上の移動はたぶんもっと迷惑をかけることになる。
「すぐ戻るから…………待っててくれ」
少し心配そうな顔をして、ふわりと優しくわたしの頭を撫でる大吉さん。
「……はい…………」
「じゃ、行ってくる」
すっと立ち上がり、走りゆく音が聞こえ。
すぐに通りのざわめきがクリアに聞こえてくる。
大吉さんの気配……というか道を行く、大吉さんの使うアーティファクトの気配のようなものが遠ざかるのがはっきりとわかる。
なんだろう、第六感の様なものが強くなってるのかな…………
痛む頭と、いつもよりも騒がしい心音に。
もぅ貧血でドキドキしてるのか大吉さんの一挙一動にドキドキしてるのかわかんないわ……
と、柱に頭を預けたまま、通りのざわめきと神社の木々の心地よい葉音に耳を傾けながら目を瞑った。
しばらくすると、木々のざわめきと共に、境内の奥の方から誰かがやって来る。
「お前……大吉の連れの…………?」
突然現れ、話しかけてきたのは、赤い髪、赤い目の、見るからに気性の荒そうな人物。
「貴方は……蘇芳さん……でしたっけ…………?」
薄く目を開けてまだ記憶に新しいその人物の名をつぶやく。
「どうしたんだ……? こんなところにへたりこんで」
「ちょっと貧血が酷くて……大吉さんが増血アーティファクト使いのお医者様連れてきてくれるの待ってるんですよ…………」
道ゆく人にあまり気づかれないよう、わざわざ影になる位置に座り込んでいたというのに……なんで境内の奥から…………
「貴方こそどうしてここに…………?」
「…………オレは輸送中に奪われた神器を賊から取り戻してきた所だ。
輸送先は今安全ではないということで、研究所に戻るとこだが…………」
そうか──特殊部隊が招集されて…………
「それは…………お疲れ様です…………」
これ以上喋るのもキツいわ、と背も頭も預けながら目を瞑った。
「貧血か……」
そう呟き黙って数秒経ったので、放っておいてくれたか、と少し安堵していたところ、いきなり右腕を掴まれ
「……な…………!」
引き寄せられバランスを崩したわたしはいつのまにか隣にしゃがみ込んでいた蘇芳さんの方へと倒れこんだ。
そして────立膝になりそうなところで肩を捕まれ支えられ、突然唇を奪われる。
何……してくれてんのこの人……⁈
頭クラクラしてて体に力が入んない……!
「んん…………‼︎」
両手を突っ張って離れようと精一杯抵抗するも、もともとの力に差がありすぎる上に貧血の頭はフラフラで。力の入りきらない腕ではお話にもならなかった。
やだ……! 大吉さん…………!
ゆっくりと地面に降ろされて、彼の意思で離されると、倒れ込まないように右手で身体を支え、精一杯拒否の意を示すために左手で自分の口を覆う。
「……突然なにす…………!」
なんでこんな…………‼︎
怒りとショックで頭に血が上って、体が震える。
「増血の処置だ。
オレはよく怪我するんでな。応急処置用アーティファクトと増血アーティファクトを持ってんだよ」
そう言って下唇を舐める。
「ただオレのはレプリカで、他人に使用する場合は限りなく接近する必要があってな。
どうよ……少し楽になったんじゃないか?」
意図がいまいち読めないけれど……不敵な笑みとでもいったらいいのだろうか、そんな表情で蘇芳さんは言った。
たしかに、頭痛が少し軽くなっている気がするけど……!
「接近って……! キスじゃなくても……!」
っていうかこれ使えって渡してくれても…………!
「できるが。増血の処置じゃなくても油断してたらするぞ。こないだ会った時言っただろ? 大吉に愛想尽かしたらオレのところに来いって」
何をどうしてあの一瞬でそこまで……⁉︎
「…………⁈…………」
ジリジリと近づいて来る蘇芳さんをなんとか避けようと、左手で口を覆ったまま右手で身体を支えつつ後ろに下がる。するとすぐに狛犬の台座にぶつかりそれ以上動けなくなってしまう。
「あんたは大吉の大事な連れなんだろうが……
なんというか……どうにも気になってな。
もしかして……相性がいいんじゃないか?」
じょ……冗談じゃない…………!
「今だって急いで研究所の方に神器を持っていかないといけないのに、こんな所で座り込んでるあんたを見つけられたし」
何考えてんのこの人……!
頭痛は確かに軽減したけど、された行為のせいか目眩が増してきた気がする
「まだ増血が必要そうだな……。大人しくしてろよ」
身体はまだ力が入らず、口を覆っていた手をはがされ、再び蘇芳さんの顔がわたしに近づいてくる。唇が触れるか触れないかという寸前で────
「蘇芳‼︎」




