159.龍石の記憶〜その三〜
それは、おそらく再生の日という名の大天災────
地は揺れて割れ、嵐が起こり、何処かでは大きな火災が起きているようで夜なのに赤く染まる空が見え、土石流も起こり、村は半分以上が土に埋もれた。
龍石の社も土石流で流されたが、なんとかその形を留めていた。
「地響きを感じたのは一度ではなかったな…………空が赤く染まったのも一度や二度ではなかった」
何回もおこった地震や地割れで残った家屋も静かに崩れていく。
「人の願いの力とは強いものなのだな…………社が流され斜めになっても崩れなかったのは、人々の願いの賜物だと我は思った」
無事だった家屋も残らず倒れた中、龍石の社は斜めになりながら残っていた。
「ただ、度重なる災害で我の一部にひびが入り、人の願いも想いも無い状態で、我の力は段々と弱くなっていった」
残った社から龍石の光が見えるが、強かった光は少しづつ揺らぐように薄くなっていく。
「が────その日あたりを境に、伝説にもあるような“生きた龍”という姿をとれるようになったと、我は気づいた」
ある朝社が眩く輝き、黒く光る龍が崩れ落ちた村を周った。
「我が清めた井戸は土石流で埋まっていた。祭りの中心となった神社は、村の中でも高い位置にあったので、なんとか残ってはいたが、御社殿は崩れ落ち。手入れしにきてくれていた巫女の家は半分が土砂に持っていかれた状態で…………」
人のいた形跡は微かに残り、龍石の社は傾いているものの、幸い崩れ落ちることなく残っている。
「人の想いが……僅かだが残っている、その場所が気にいっていることに気づいた我は、留まることを決めた」
龍は岩へと再び姿を変え、そこに戻った。
「このまま人の想いの欠片に浸って朽ちていくのも悪くない────そう考えていた────」
崇めるものもいない、何も望まれることもない龍石は、ただそこに居るだけ。
なにをするでもなく、ただそこに。
「朽ちる時を待って、静かにまどろんでいると────」
傾いた社の遥か後方後に広がる森、その山の木々を揺らすように風が起こり、数人の人影が空高くからやってきた。
(明らかに普通ではない……)
「これはアーティファクトの力…………⁈」
「我が思うに……我が龍の姿をとれるようになった頃、アーティファクトというものが現れたのではないかと。
あの時──明らかに世界の何かが変わった」
人影は三人で、森のところから真っ直ぐ龍石の社へと、歩いてきた。
「また巫女姿の者がやってきて、今度ははっきりと懇願された」
龍石の力が強くなったからか、その映像はピントの合ったカメラでのぞいているかのようにハッキリと見えた。
ゆるくウェーブのかかった肩までの茶髪を揺らした巫女姿の女性が一人と、ジーパンにTシャツの男性と、少し寄れたスーツ姿の男性が一人づつ。
三人は社の前に来て二礼二拍手一祈りをし、その後扉を開いた巫女さんが、言った。
『貴方の力を貸して欲しい』
と──
『ヒビの入った自分の力は以前ほど強くはない…………役に立てるかはわからぬぞ…………?』
記憶の映像の中の龍石は、静かにそう伝えるが
『それでも貴方が必要だ』
とその巫女は言った。
『ならばこの体…………朽ちるまでで良ければ────』
そう応じると、ジーパンの男性が丁寧に龍石を持ち、スーツ姿の男性が何かのアーティファクトを使い、周りに落ちている葉を巻き上げながら全員を風に包んでその場所から一気に飛び上がって行った。
「ものすごい力……風のアーティファクトみたいだけど…………」
「着目する場所はソコか。
あれは……今は失われてしまったアーティファクトだ。あの時代の人は操りきれずにいくつもの貴重なアーティファクトがどんどんと失われていっていたからな…………」
(人を三人も運べるアーティファクトならば今龍石のある神社までなんか、簡単に行き来ができるだろうに…………)
映像は三人を追うようについていき、あっという間に別の場所、おそらくキョウト上空の方までやってきた。
「あれが…………キョウト…………?」
建物は崩れ、火の跡が残り。泣き叫ぶのに疲れた子供や、うずくまり微動だにしない人々が垣間見えた気がした。
「あの者たちは迷うことなくこの場所に我を連れてきて言った」
『度重なる天変地異で、水は涸れたり汚れたり。希望を持って見に来たここも飲み水にするには難しい状態だ…………ここの水を生き残った人々の為に、清めてもらえるだろうか…………?』
急拵えなのだろうが、明らかにただの祭壇ではない、光り輝くそこに置かれた龍石は、その揺らいでいた光が安定したように見えた。
『お安い御用だ…………』
そう答えると、龍石はその姿を黒く光る龍へと変えて、泉へと飛び込んだ。
龍が泉の中を駆け巡ると、水はみるみるうちに清められ、淡く光り出した。
(これは…………)
「前いた場所が少し懐かしくはあったが、移された先のこの場所も緑が濃く、静かで空気の良い場所だった。
そして……今もだが、人の想いに満ちている」
(まんまだ……。夕紀美さんの言っていた言い伝えそのまんま……!)
先に急拵えの仮の小さな社が建てられて、すぐにあの御社殿が建てられた。
そして人々は水を頼りに、僅かだが絶えず行き来するようになる。
「元いた村との違いは、人々との距離が少し遠くなったことだったが……。龍の姿で顕現できるようになって以来、“感の目”も良くなったようで、この神社に所縁のある者たちの様子が、望めば視えるようにもなっていた。だから寂しくはなかったな……」
御社殿にお参りに来た参拝者の街での暮らしや、お供えを買ってくる姿が映ったり、境内で行われる祭りの用意の様子や、階段を頑張って登ってくる幼児の姿が映ったり。
映像の龍石の人への気持ちが映っているようで、また心が暖かく感じた。
「まぁ……少し清めの力が強すぎて諍いの元になりそうなところ、そうならぬよう色々と尽力した者たちのおかげで荒らされることもなく、静かに守られてきたらしいのだが」
(感の目……千里眼のような物を持つ龍石の知らぬところで色々あったのか。それはそれで凄いことなのでは……)
「人の感謝の念が暖かくて嬉しくて……我は幸せだった。
ただ我に入ったひびは、拡がっても小さくなることはない…………」
荘厳な作りの御社殿の本殿が映し出されると、ミシミシと軋む音が聞こえ、本殿自体も揺れているようで、扉や飾りが揺れるのが見えた。
「耐震に優れた作りであっても、何度かあった大きめの地震で我のひびは少しづつ広がり、清めの力は段々と弱まっていった」
龍石の下へ、頻繁に宮司が来たり、巫女が来たりするようになり、泉が映し出されるとその光が弱まっていることもわかった。
「力弱くとも人は神聖な水を頼りにやってくる…………。我は人々の願いに応え続けた────」




