158. 龍石の記憶〜そのニ〜
映像は流れ行く龍石を追いかけて、洞窟の入り口へと移った。
「初めて…………
洞窟の外の世界へ出て、光というものを感じた時の……あの感動は今でも詳細に思い出せれる…………。
この世にこんなモノが存在しているのかと。
時に眩しく暑く、時には優しく穏やかな光の世界…………」
眩い太陽の光に包まれているかと思ったら、今度は月明かりの美しい夜になったり。
雨が降っているかと思ったら青々としていた木々が美しく紅葉し、紅葉した葉の流れる川を眺めていたり、やがて雪が降り出し龍石に降り積もったり。
走馬灯のように、というのだろうか……龍石を見下ろすような位置合いから……
日も、季節も移りゆく様を眺めていく。
「眩い太陽の光を浴び、夜は心地よい闇と柔らかな月の光…………
森林の囁きを聴き、流れる水音に耳を傾けて。
我はこの身に力を貯めていった…………」
この、見えている映像が龍石の記憶と気持ちなのだとしたら、なんて純粋で美しい記憶なのだろうかと思った。
何故なら、見える風景は知っているような森に空なのに、みているこちらの気持ちも穏やかになるようで、とても美しく感じたから…………
「ある時我の所へ人が来て、その形を見て驚き。すぐその場を離れたが、再び大勢でやってきた」
(いつぐらいの時代の人だろう……?)
洋服ではなく、少なくともわたしのいた時代よりはずっと古そうな服装だった。
そして大勢きた人達の中には、わたしにもわかる雰囲気の、巫女の装束を着た女性がいる。
「この巫女が我の中に眠る力をはじめに見出した者、ということなのだろうな……」
すぅっと、おそらく龍石の見たであろう角度へと視点が変わり、巫女さんの顔が薄ぼんやりと見える。
『この岩は自然が創り出した偉大な力持つ神だ』
巫女がそう告げると、龍石は丁重に運ばれ、山中の村の小さな社に納められたようだ。
「知らぬ場所へと連れて行かれ、とても驚きはしたが……。巫女が沢山話をしてくれて、我が何を望まれそこに運ばれたのか理解することができた」
『昔は水の質も流れも良かったのだが、ここ数年よく水の事で困るようになってしまってな。もし出来るなら力になってやってくれないか?』
龍石の手入れをしながら嬉しそうにそう話す巫女さん。
「彼女も不思議な者だった。
その頃の我はまだ話せぬし……ただただ、そこに居るだけだったのに」
『なぁに水が人々を困らせないように、私と共に祈ってくれるだけで良いのだ』
薄ぼんやりとした映像だけど、そこだけはハッキリとわかった。
龍石を見て話しかけている、光り輝いている巫女さんの顔が笑顔であることが……
「我は己に何が出来るとも思ってはいなかったが、力になりたいと思った」
巫女さんは時々来て龍石の手入れをしたり、祭りで巫女舞を披露したり。
とにかく柔らかい光が彼女を包んでいた。
「だが…………人の寿命というものは…………我にとっては短すぎるものだった…………」
龍石が悲しそうにつぶやくと、巫女舞を披露している巫女さんの姿はだんだんと消えていき、映像全体が暗闇に包まれたかと思うと、今度は空から集落を見下ろしていた。
「はじめはとても小さな集落だったその場所も、だんだんと大きくなり、町とは言えずとも村くらいの大きさではあったのだろうな」
あっという間に木々は切られて、家屋が増えて畑も広がり、道も整備されていった。
「人は祈り、崇め、称え、いつしか我は水を清めるという不思議な力を持つようになっていた。
我自身もそのことをしっかりと認識できるくらいには強い力を」
集落が段々と広がり変化していくのと同時に、龍石の納められている社の輝きが増していくことがわかった。
「ある時我は、土砂崩れで埋まってしまい、人々に助けられ…………」
ひどい天候の中、村の半分くらいが社と共に土石流に飲まれ、人々がお互いを助け合っていた。そんな中、龍石も掘り起こされて、僅かだったであろう綺麗な水で洗われ清められ、即席のお社に置かれた。
「我は土砂崩れで失われてしまった生きる為の水を、人々へと導いた…………」
飲み水を探す人々へ、龍石は己から発する光と風で綺麗な泉へと人々を導いた。
「またある時人々は毒に汚れた井戸の水を清めるよう願い…………」
井戸の前の祭壇に置かれた龍石は、宮司の祈りに応えて輝きを増す。
「我はそれに応え、人々は感謝し、また崇め奉った」
龍石の光が井戸に飲み込まれると、水は毒気を失い、元の清らかな水へと戻ったようだ。
「我と人は、守り守られて。長い長い年月がまた過ぎていった…………」
龍石は人に願われるたび、感謝されるたび、その力を強めてきたようだった。
「だが────人はだんだんとそこから去っていき、いつしか誰もいなくなってしまった」
村から灯りが消えていき、人の住まない家屋から段々と人の“いた”という気配が消えてゆく。
「社は寂れ、このまま朽ちていくのか、それもまた運命かと……少し寂しく感じながらそこから何年も何年も過ぎていき…………
そしてある日、それは突然起きた────」




