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ハンドメイダー異世界紀行⁈  作者: 河原 由虎
第一部 四章 キョウトにて
157/343

156.水中での──

 一瞬──────

 氷のように冷たい感覚があったかと思うと、その後に焼き付けるような痛みを腹部に感じた。


 押し込まれた水中で、なんとか目を開けると、水に混じる己の赤い血が見えた気がする。


 わたしの腹部に刃物を突き立て、水底に押し込んでいる黒い影の正体は───

 黒ずくめで肌の露出がほとんどなく、覆面もしていて目しか見えず。その足には地下足袋のようなものを履いていて、まるで忍者のような服を着た人物だった。


 一瞬見えた目は、明らかにわたしに対する憎しみの光を宿していた。

 何故? としか思えず思考はそれ以上働かない。


 耳にまで水が入り込み、コポコポという空気の音と、どこからともなく聞こえる何かの叫び声のような音が脳内に響く。


 時間にしておそらく数秒も立っていないのだろうが、増してくる痛みのおかげか、少し思考力が戻ってきた。


(痛みが増してくる……! あと呼吸が……‼︎)


 痛みは一瞬“身代わり守り”が受けてくれたようだけど、千切れ飛んで外れて、血に混じって遠ざかるのが見えた。


『意識が飛ぶことだけは避けなければならない。

 飛んだらそこで終わりだと思え。』



 キョウトまでの夜警備時の、大吉さんのこの言葉を思い出し、必死の思いで水のアーティファクトを使用して鼻と口の付近だけに空気の玉を作り出して呼吸を確保する。


 傷も“ベルカナ”のアーティファクトがどれくらい効くかわからないけれど、刺さったままの治癒は不可能と判断して思考の邪魔となる痛みだけでも感じなくなるよう念じておく。


(痛みよ消えろ!)


 底に近づくにつれて濃くなっていく嫌な気配に、これ以上このまま近づいてはいけないとわたしの中の何かが警報を鳴らしていた。


(なんとかこれ以上水底へ連れていかれるのを避けないと……!)


 幸い痛みはすぐに引いた。未だ流れ出ている血と、それまでの痛みのせいか、クラクラする頭で必死に考える。


(口の周りの空気玉、これもいつまで酸素が保つかわからない……! とにかくこの人から離れないと……!)


 そう思ったわたしは、その人物の腕を掴んで念じた。


(…………水刃!!)


 攻撃として使う覚悟を決めた時から、コントロール力を磨こうと、こっそり食事用意の時などに練習してきてよかった……!


 水中で、刃と化した水はまさに見えない凶器。


(何者かはわからないけど、その手を離せ……‼︎)


 朦朧としてくる意識の中、放った水の刃は掴んだ腕を切りつけた。


 螺旋に切り付けられた腕は、服の下に隠されていた暗器に守られてほぼ無傷だったが、手は離れていった。


 水中とはいえ、押された勢いはすぐに収まらず、手の離れた後も少しづつ底へと近づいてしまう。


 少し離れたところでその人物を確認すると、服の上に羽織っているマントのような物で、わかりにくくなってはいるが、体系からするとおそらく女……


 まさか反撃を受けるとは思っていなかった敵は、一瞬怯んだようにも見えたが、すぐにこちらに向かってくる。


 ここが水中で良かったのは、足で立ってなくても良いということ……

 水に身体を支えられているから両の手を動かす事だけに集中することができる‼︎


 わたしは両手をそいつに向けてもう一度ソレを放った。


(水刃!!)


 放った水刃が女の肩部分を切り裂き、血が流れ水中に広がっていく。


(目が……霞む……!)


 女は一瞬動きを止めて切られた肩を押さえるが、血を流し続けたまま、腕の服下に隠していた“くない”のような暗器を構えて再びこちらに向かってきた。


 ただ、その動きは先程よりも緩慢で。その攻撃が届くまでの少しの間が、わたしを救うこととなる。


 アーティファクトのおかげで痛みを感じることはないものの、出血が多いのか限界を感じていたわたしは、ただ願った。


(それ以上近づかないで……!)


 その思いが無意識のうちに“アルジズ”の結界を張ったようで、薄い卵形の光の幕にわたしは包まれる。


 敵の肩から流れ出る血に、これ以上は攻撃したくないと思ってしまい、


(こんな状態で、わたしがあと出来ることは────

 その女が諦めてくれるまで何ももしない、何もされないこと────)


 体はもう動かすことができそうになく、結界に阻まれて敵もわたしに触れることはできず、どんどんと水底へと押されていった。


(大吉さん────)


 水底に結界が触れた感触がすると同時に、不思議と強く感じていた嫌な気配が掻き消え、辺りの雰囲気が一変する。


 すると、水底に感じていた一つの小さな光が何だったのかをハッキリと感じることができた。


 ここにいたのね──小さな子────……


 細かい空気を含んだ水の渦が起きたのを目にして、そこでわたしの意識は途切れた────


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