155. 見せ下着にパンツ一丁
大吉さんは振り向きこちらを見ると、立ち上がって普段通りな表情に、変わらない調子で言った。
「大丈夫だよ」
なんだかな……ドキドキしてるのは自分だけかと思うと、とてつもなく悲しくなってくるのでとりあえず今のテンションを崩さないようにいこう…………。
「あ、夕紀美さん、必要ないものは御社殿の中に置いておいた方がいい。この階はギリギリだが、中の方が後社殿の結界で安全だ」
「おぉ、そうか? じゃぁ鑑定用の装備以外は置いてくる。潜るのはちょっと待っててくれよ?」
「了解」
変わらない大吉さんの様子に、まぁ可愛い水着な訳でもないし、見せ下着なんかドーンと見せられても何も感じないか、と気持ちしょんぼり。
パンツ一丁という、通常だったら両手で顔を覆っていたいような状況の中、その腹筋の逞しさとかに、思わず目と思考が逝きそうで。
あー…………ダメだ…………。
昨晩のあの接吻の話題振られたあたりからわたしの中で何かのスイッチが壊れたみたいになってる…………‼︎
上がり下がりの激しいテンションを抑えるべく、とにかく意識を別の方に向けようと、二人が話している間に泉の端まで行き水底の方を眺めた。
準備運動でもしておくか……。
体を動かし始めた時、大吉さんがやって来て問うた。
「ところで、潜る時に風のアーティファクト使うと言っていたが、どういう風に使うつもりなんだ?」
柔軟体操をしながら、泉の方を見たままわたしは答えた。
「風で身体を包み込んで水に入ろうかと思ってます。そうすれば空気の幕に包まれた状態で、息が苦しくなることなく潜れると思ったんですけど──どうですかね?」
「なるほど! それイイな!」
隣で同じように体を動かす大吉さん。
「だが……俺の手持ちの風系アーティファクトだと無理そうだな……」
「どんな能力のものなんですか?」
「攻撃力をアップさせるためにスピードを出すことに特化しててな……。というか切る能力を高める為に、刃の形状に固定されてて緩いスピードが出せないっていう代物だ。
多分、自分包もうとした瞬間に自らスプラッタだな…………」
はははは、と乾いた声で笑いながらそう言った。
一方わたしはちょっと想像してゾッとする。
「それはやめた方がイイデスネ」
腕のストレッチしながら考えてみる。
大吉さん、確か水系のアーティファクトも持っていたはず……と聞いてみた。
「大吉さん、水系のアーティファクト持ってませんでしたか?」
もしないなら、わたしのを貸すけれど、慣れている物の方が良いと思いそう言うと、
「アレ、ものすごく力は弱いぞ? コップに水を呼び込んだり、コップの水を浄水したりするくらいの能力しか……」
んー、と目を瞑りながらその能力を脳内で復唱し、妄想してみる。
「……水を呼べるってことは、その逆も可能だと思うんですよ。あとコップの水を浄水してるってことは、コップの水を何処かに送り出してるってことですよね?
その力の応用で、沢山ある水を避けて空気の玉を維持することはできるんじゃないですかね?」
「………………」
数秒たっても返事がないので、目を開いて大吉さんを見てみると……目を丸くしてじっと見られていることに気づいた。
「ど……どうかしましたか…………?」
「……俺の脳みそも、大分柔軟に考えられるようになったと思ってたが…………まだまだ改良の余地はありそうだ」
そう言ってガシガシと頭を撫でられる
「???」
「アーティファクトの能力を解ったつもりでいて、使用方法の幅を狭めていた。
ありがとう藍華。その方法、多分いける。やってみよう」
そう言うと、腰につけてたアーティファクトをジャラジャラと一通り見て、その中の一つを外した。
大吉さん曰く、アーティファクトの本体を守るためのアーティファクトというものがあるようで、守られる数の上限が決まっているそうなのだ。
あらゆる衝撃から守ってくれるらしく、聞いたところによると大岩の下敷きになっても、火の海に飛び込んだ時も大丈夫だったとか。
その状況の方が気になりすぎて今度詳しく聞きたいところ。
「ちょっと待っててくれ、アーティファクトの入れ替えしてくる」
「はい」
大吉さんはそう言って階のところに置いてある鞄の元へ戻った。
ちょうど夕紀美さんも降りてきて、二人何かを話している。
ポニーテールにしていた髪の毛が、ガシガシと撫でられ少し解けてモワッとなってしまったが、そんな風にされても嫌ではなく、不快感もない。むしろ…………
あぁ、自分で言うのもなんだけど、重症だな…………
苦笑しながら視線を泉に戻し心を鎮め、改めて気配を探ってみる。
嫌な気配の中の僅かに感じたあの光。
その光が何なのか、確認しなければいけない気がするのよね……
よく感じてみると、嫌な気配の強い部分と弱い部分がある。水面近くと泉の縁は弱そうで、中央の底にいくほどに強くなっているような気がした。
泉の真ん中の底の方に、花子さんの言ってた原因となる何かが沈んでるみたいね……
そしてその最奥の方に感じる小さな光────あれは一体────
もっと詳細に触れてみようと意識を深くそこに向けた瞬間、御社殿の上の方から音もなく何かが飛んできて、右肩部分を貫通して泉に沈んだ。
「……⁉︎……」
突然の冷たく熱い痛みに“一体何が”と、辛うじて振り向いた瞬間、黒い大きな何かが物凄い速さで飛んできて今度は腹部に似たような痛みが走る。
「藍華⁉︎ くそっ……‼︎」
大吉さんが叫んでこちらに向かっていたようだが、腹部を刃物のような物で刺されたのだと、気づいた時にはもうすでに、わたしは泉の中へと押し込まれていた────────




