154. パ…………!
「とりあえず、龍石の本体は無事、首飾りは行方知れず。と」
夕妃美さんが、手にしているアーティファクトに向かってそうつぶやくと、アーティファクトは数秒間淡く光り、おさまる。
「記録用のアーティファクトだ。私に何かがあってもこれが無事なら情報は残る。
そして、今の研究所ならばその情報を無駄にすることはあるまい…………」
じっと、その様子を見ていたわたしに気づいてか、それが何なのか軽く説明してくれた。
「さて、巫女がいたなら龍石の声を聴いて何があったのかわかるところだが……どうするか…………」
「昨日双葉ーちゃんのところにお伺いした時、花子さんが、泉の中に原因となる何かが沈んでるって言ってましたよ?」
龍石を眺めながら言う夕紀美さんに、昨日聞いたばかりで記憶に新しい情報を口にすると、
「なんだと⁈ それは本当か⁈」
朗報だと言わんばかりにわたしと大吉さんを見る。
「あぁ……たしかに言ってたな」
てっきり夕紀美さんも聞いた情報かと思っていたが、そうではなかったらしい。
つい最近のお告げだったのかな?
「もしかして、潜る用意とかしてきたのか?」
「濡れても大丈夫そうな服と、水から上がった時用にタオルを持ってきました。あとは風系のアーティファクトでなんとかしようかと……」
自分の背負ってるリュックサックを指してそう言う。
水に入るかもということで、バスタオル二枚と水に濡れても透けないタイプの黒の上下の下着を入れてきている。暑かった時にそれ一枚で行動できるくらいのつもりで持ってきたのだ。
「俺はパンツの替えを……」
大吉さんは自身のウェストポーチを指して言う。
パンツて……!
想像してしまって両手で顔を覆いたいところをなんとか堪えるが、多分表情は固まっていたと思う……。
「まぁ大吉はそのまま脱いで飛び込んだらいいんじゃないか?」
夕紀美さんが、くくくっと笑いながらそう言うと、
「善は急げ、だ。
じゃぁ大吉は外出て用意してろ」
大吉さんは御社殿から追い出され、外で待たされた。
7月とはいえこの山奥、霧もまだ濃く日が陰ると割と涼しい。
急いで出ようと装備を外して着替えはじめると、こちらに背を向けた夕紀美さんがちょっといいか、と切り出した。
「藍華は未使用状態のアーティファクトの光が見えるんだよな……?」
「……はい。てっきりそういうものなんだと認識してたんですが……そんなに特別なことなんですか…………?」
「修行なしで見えるのは一万人に一人くらいだと聞くな。
だが、神職にある者やマスターは修行によって見えるようになる確率は高い。…………あと研究者とか…………。まぁ精度は人によるんだが」
「そうですか……」
神職でもなく修行もしてないわたしが見えると公にするのはやはり注目を浴びてしまうのだろうな、と考えていると
「まぁ、キョウトには割と見える者は多いし、藍華はマスター修行中ということにしておけばいいだろう。そうすればそこまで奇異の目で見られることもない」
「そうですね……そうしておきます」
着替え終えて、脱いだ服を畳みはじめるとこちらを向いて夕妃美さんは言った。
「で、聞きたかったんだが……ここの龍石は光って見えたのか?」
「……光は見えます。ただ……すごく弱い気がします…………。昔、ひびが入って力が弱まったと報告書で見たんですが、おそらくその“ひび”が広がってるのかと──」
色々な物事の要ともなっているらしいここの“清めの水”…………それがなくなってしまったらどうなるのだろうか────
「そうか…………そのことも含めて、なにか対策を練らないとな…………」
難しい表情でそう言う夕紀美さん。
「ここの他にないんですか? こういった……清められた水とか何か…………」
「あることはある。が、やはり人の気持ちというものは……なかなかな…………」
そう言って、苦笑した。
その言葉を聞いて、この御社殿を開けた瞬間から感じていた暖かいモノの正体がわかった気がした。ここを、これまで龍石を大事にしてきた人達の想いを、感じていたのだと────
「何か……何か道はありますよ。きっと」
もっと、力になれたらいいのに……
そう思うのに、良い案は浮かんではこない。
クゥさんやあのハンクラの沼の、仲間の人たちだったらどう考えるのか、どんな案が出てくるのか、想像してみるものの、相談できないことがもどかしい。こんな時は“一人”とどうしても感じてしまう。
「そうだな……!藍華のことも頼りにしている」
そう言われて、照れながら答えた。
「……力になれるといいんですけど……」
話しながら、布製のベルトにアーティファクトセットを装備してあるウォレットチェーンを取り付け、水に弱いものだけ小さいジップロックに入れてチェーン先の袋に入れ、それをハーフパンツのポケットに入れる。
リュックサックとウェストポーチはその場に置いたまま、すっくと立ち上がり
「行きましょうか」
ここからでは見えないけれど、龍石の方を見て、心の中で“ちょっと待っててね”と言いながら扉を開く。するとスゥっと寒気を感じるような空気が流れてきた。
湖の底から、感じる負の気配もその寒気に一役買ってる気がするのだけど、これは一体なんなのだろうか……?
御社殿に入る前よりも強く感じる気がしたその気配に、できることならば触れたくはない。けれど覚悟は決めた。
水に潜るということで、靴も履かずに外に出ると、階の下のところで、普段ベルトに付けているウォレットチェーンを二本繋げてチェーンベルトのようにして腰に付け、服を脱いだ大吉さんがちょこんと座っていた。
パ…………!
一瞬釘付けになって思考が停止するが、幸いすぐに意識は戻ってきた。
心頭滅却すれば火もまた涼し
心頭滅却すれば火もまた涼し
大事なことなのでもう一回。
心頭滅却すれば火もまた涼し
精一杯平静を装いわたしは話しかけた。
「お待たせしました! 寒くないですか?」




