147.一人で此処に来たのではない
あの黒い念から解放される、大吉さんの腰もそれの所為だったならば尚の事早く解放されたい。
これ以上迷惑をかけたくないという思いから、食いつくように御礼を述べ、何を依頼されるのだろうかとドキドキしながら聞いてみる。
「……して、依頼とは……?」
柘榴様が胸元から小さな巾着を取り出してわたしに差し出した。
「記憶を覗かせてもらった時についでに見えたのだが、翠に作ると約束した物を妾にも作ってたもれ。これを使って」
受け取り、中を確認させてもらうと────
「これは…………“妖精の卵”……⁉」
入っていたのは、一見例の“妖精の卵”
天さんのスタンプコーティングのの作品で、それも綺麗な状態の完品だった。
「多少デザインは変わってもかまわんが、中のビーズ一粒づつを核としてブレスレットを作ってくれ。他の部分は任せる。石を追加するなりなんなりと」
一粒手にとってじっくり見てみると、ただの“妖精の卵”ではないことに気づいて手が震える。
「……これ……‼︎
クゥさんの手描き模様入り…………‼︎」
「本当か……⁈」
ひとしきり確認した後、大吉さんにそれをわたす。
「天さんの技法であるスタンプは、大きさを変えることはできないので、ビーズの大きさによって多少の隙間ができるんですよ……
その隙間をどうしよう〜と言っているところにクゥさんが、あたしが描く! こんな模様どぉ? と言って二人でコラボすることになって。そのデザイン画を見たことがあるんです…………」
それこそこちらに来る直前の話────
「あぁ、中に二つ異色の模様のものがあるが、それはお主にやるから好きなように使うが良い」
もう一度袋の中を確認すると、二粒だけ少し他のものより大きく違う模様の入ったモノが……
「…………」
それは片側にホルスの目が、その反対側にはメジェド様の模様の入ったビーズだった。
これはスタンプだ。寸分違わぬ線具合。
「ソレはうまくいったら異国の神をも召喚できるやもしれん代物だ。
献上され、ここの社の一つに納められたものの、妾には扱えぬ故、持て余しておってな。
ここで眠ったままよりお主の方が有効に使えそうだからの。」
「残りの七粒で七本のブレスレット、頼んだぞ?」
次の瞬間、再び先程ここまで案内してくれた小さな子たちが現れた。
多分この子達はここのお社の子達なのだろう。全てのお社に神器があるわけではなさそうだが、いくつかのお社から強めの気配を感じたから……
「妾の力届かぬ遠い遠い場所で頑張ってる稲荷神や、古くからの友たちへ贈りたくてな」
ワラワラと集まってくる子狐たちを愛おしそうに見つめ、順に撫でている柘榴様。
その様子に、子を思う母親的なものを感じるのは間違いではないだろう。確か柘榴の花言葉には子孫の守護という意味があったはずだ。
稲荷に連なる家族のような者たちを守りたいのだろう……
少しむず痒く羨ましくも感じるその“家族”と言う響き。自分には縁のない物と思っていたけれど、模様入りビーズを見ながら、永遠ちゃんの桜のハーバリウムを見た時と同じことをふと思った。
一人でここに来たんじゃない────
SNSでの繋がりだったけれど、一緒にイベントに参加もしたし、その後もやりとりを続けて。
全てを知り合う仲ではなかったけれど、こうやって、この世界であの人達の作品と出会う度、そう思える…………
暖かい何かを胸に感じながらわたしは応えた。
「わかりました。やってみます。
この……妖精の卵と呼ばれるこのアーティファクトの能力は……使用されている石のパワーを底上げして、さらに守るための結界が張れる、とみましたが間違いないですか?」
「……よくわかったの……?」
「……なんとなくです。
模様は天然石ビーズを引き立てるための飾り、そして石の素材をできる限り殺さないよう細心の注意を払ってなされているコーティング、それは入れられた模様を守るため……」
本当はSNSのグループチャットで聞いていたのよね……
なんでその模様にしたのかと、コーティング超大変だったのヨォオオオ‼︎ というご本人の声。
絶対に天さんのあの想いが籠ってる。
もしかしたら、コーティング失敗したあああ! と叫んでいた、コーティングの膜がちょっとスライムのような形になってしまっているものの方が力が強いのかも知れないな、と思うと一層楽しい気持ちになるのだが、それはひとまず心の中にしまっておいて。
「そして、柘榴様の言葉、柘榴様の力及ばぬところにある者の所へ送りたいと。
おそらくですが、それらの天然石と相性の良い稲荷神がいて、“彼等を守りたい”という御心からの依頼だと思いまして」
そして、そのイメージ通りの力なら、組み合わせる石の種類等も自然と決まってくる。
「妾は任せると言った。
が……今の話でそれは間違いではないと確信した。よろしく頼む」
そう言って慈母の眼差しでわたしを見る。
「わかりました。では、その力を補助するようなイメージで作ってみますね……しばらくお時間いただけますか?
多分一日二日では無理なので……」
降って湧いてきたデザインがあるのだが、それを実現するには時間がかかる。ニ、三日は集中して練習して、それから本番になるくらいの意気込みが必要だ。
7つとも違う天然石、当たりはつけれるが、ちゃんと調べてそれぞれに合ったもので作りたい。
あと一つ試したいことができた。
ここの作り方でならではのことを……
「もちろんじゃ。これを渡しておこう」
柘榴様が立ち上がり右手をスッと差し出し空に向けると、二枚の札が中空に現れた。
「主らはトウキョウに戻るじゃろ? 出来上がったらその札を使ってここへ来れば良い」
神社ワープ用のお札か!
少し輝いて見えるその札は、間違いなくアーティファクトであることを示している。
受け取り大切にポーチの一番安全そうな位置に、お預かりしたビーズの袋と一緒に半分に折って入れると、
「さて、では黒い影を祓おうか」
そう言って少し気怠そうに立ち上がり、わたしの方を見て
「お前たちは隠れておれ」
と小狐たちにここから離れるよう促した。
「まず大元を断ち切ろうか」
小狐たちの姿が再び見えなくなると、
さらに近づいてきてわたしを見下ろす。
大吉さんと同じくらいの背の高さだろうか、気圧されてしまうほどの迫力美人……
そんなことを考えていると、
「目を瞑っておれ、藍華」
「は、はい!」
反射的に目を閉じると、ふわりと抱きしめられ────




