146.柘榴様
パイプをひと吸いすると尻尾を優雅に動かしながらその女性は言った。
「ぬしが翠から連絡のあった娘か……?
名を名乗れ」
おそらく、いや間違いなく何かのアーティファクトなのだろうけど、これまでの神器とは……“ナゴヤ”の翠様ともまた違った雰囲気の凄さが…………
思わず見惚れてボーっとしてしまいそうなところ、なんとか声を絞り出す。
「はい……藍華といいます」
「ぉ……俺もか⁇」
「当然じゃ」
「…………大吉です……」
その人はヨシヨシ、と頷き体を起こして座りなおすと、手にしていたパイプは何処かへと消える。
「妾は此処を束ねる稲荷神、名は柘榴と言う。
柘榴様と呼ぶことを許そう」
そう言うと、じぃっとわたし達を観察するように見ている。
「ふむ…………確かにおぬしの背後に黒い影が……いやらしい念がついておるの……断ち切らねば延々と供給されるような酷い執着のされようだ」
その目はわたしを通り過ぎて背後にあると言う黒い影を捉えていた。
「断ち切り、祓ってやってもよい。
よいが……代償に何を捧げる…………?」
妖艶な微笑みというのはこういう事を言うのだろう、という笑みを見せ言う。
「そこな男か?」
心臓が跳ね上がり、
「年もちょっといってるし妾の口には合わなさそうじゃが…………」
咄嗟に言葉が出てくる。
「だ! ダメです‼︎
別のものでお願いします‼︎」
顔が熱い。また赤くなっているに違いない。
「ホッホッホ……わかっておるわ。主からその男にも移っているようじゃからのぅ……」
そう言って大吉さんの腹部を指す。
もしかしてギックリ腰って⁈
「主も体に不調が出ておろう?
これは祓わねば大病にもなるタイプの念じゃな。」
大吉さんを眺めながら難しそうな顔をしてそう言った。
「一体どんな者じゃこの様な禍々しい念の持ち主は。
近うよれ、原因も分かれば祓いやすい」
そう言ってこいこいと手で招くので、ニ人してほぼ無意識に数歩前へと進み出る。
柘榴様が私の額の方に人差し指を向けると、一瞬ピリッと静電気の方なものが走った。
「……此奴…………この服、正装は天信光教会の手の者じゃな…………」
天信光教会⁇ 教会ということは宗教かなにかだろうか……
知っているかどうか目で見て聞いてみると、大吉さんは知らない、と首を振っていた。
「丸眼鏡で、白髪混じりの長髪を左肩のあたりでまとめている男に覚えがあるだろう?」
言われて途端に吐き気にも似たモノが胸のあたりに湧き上がる。
「…………はい…………」
「よほど執着されておるな」
「執着……? なんで……」
柘榴様は難しそうな顔をして言葉を続ける
「……妾も全てが見える訳ではないし、知るわけではない。
が、余程のことがないとここまでの念は憑かぬだろうよ。
今ついている念を断ち切ることはできるが、精々気をつけることだ。再び道ができればまた同じ念に纏わりつかれる。
いくつか方法はあるが、一番良いのは其奴に近づかぬことだ。
こんな者ごときの念でお主の力が失われてしまうのはかなり惜しいからのぅ」
念で力が失われる……? と思いながら思い出すのも嫌だったが、あの時あの男が言っていたセリフが脳裏に蘇る。
『ようやく扉が開いた
これでようやくあちらに帰れる。』
それと自分が何か関係がある…………?
「…………念で力を失うのか……?」
「黒い念に触れれば精神力というものは余程の物事がない限り負の力に引きずられるというもの。現に、よくない夢を何度か見たであろ?」
黒い霧のような影に揺り起こされるよくない記憶の波。
確かにあれがずっと続いていたらわたしはもっと疲弊していただろう……
「主は感受性の高い“古の巫女”のようじゃからの。黒い念は祓っておくにこしたことはない。
そこな男が半分以上肩代わりして、何とか害はなくなっていたようだがな」
肩代わりってどうやって……? と思いながら大吉さんをチラ見してみるが、大吉さんはあらぬ方向を見ていて、顔はみえず。
そんな様子を見てクスクス笑いながら柘榴様が言った。
「清め、念を断ち切ってやっても良い。その代わり、お主に一つ依頼をしようかの。」
「あ、ありがとうございます‼」




