第18話 聖女の証
――大聖堂での皇太子殿下襲撃事件から三月ほどが過ぎた。
何かお父様とお兄様は凄く忙しそうにしていた。皇太子殿下襲撃事件で、しかも大聖堂が爆破されるという前代未聞の事件という事で、色々とあった様で大変そうだなと他人事の様に傍で見ていたけれど……そんな私も大聖堂から呼び出された。
「いいか、お前は余計な事を喋るんじゃないぞ?」
道すがらお父様に口酸っぱく言われたので「わかりました」と笑顔で応えたけれど、ずっとお父様は怪訝そうに私を見ていた。
大聖堂の奥、選別の儀が行われた部屋に通された私達。部屋の奥の壁際中央には二メートル程の高さの慈愛の女神像が安置されている。
既にミーナセインとその父親ブランシュ侯爵が居た。
ブランシュ侯爵は初めてお目にかかったけど、年齢はお父様と同じ五〇代半ば位で、ミーナセインと同じ黒髪を短く整えている。まあ真面目を絵に描いた様な人に見えた。
(たしか、武門の家系だっけ?)
あれから調べたけど、帝都に駐留する帝国軍の将軍の一人……らしい。
そしてこの場で一番偉そうにしているのがこの前も出会ったルインバロー侯爵。その孫娘シリエルリカ嬢は存在感を消すくらい後ろに控えていたので気づくのが遅れた。
お父様もブランシュ侯爵もルインバロー侯爵に挨拶をしていたけれど、当の侯爵は「フン」と鼻であしらう様にあからさまな侮蔑や嫌悪の表情をしていた。
(相変わらずいけ好かない爺さんね……)
そうしていると、扉が開いてマギアス副神官長が入ってきた。それに続いて皇太子殿下が入ってきた。私達は膝をつき、頭を垂れて手のひらを組んで合掌する貴族の最敬礼をした。
「うむ、楽にして良い」
殿下の言葉に全員が合掌を解いてそのまま膝をついている。
「さて、先延ばしになっていた聖女任命式だが、聞いた話では何やら揉めているとか?」
するとルインバロー侯爵は――。
「恐れながら皇太子殿下、何処でその様な話をお聞きになられたかは存じませんが、此度聖女に選ばれたのは我が孫娘のシリエルリカに相違ありません。そうですよね、総神官長様?」
「た、確かに……シリエルリカ様は選別の儀で聖女に選ばれました」
ルインバロー侯爵の問いに答えた総神官長とは、選別の儀で大神官のお爺様方の真ん中に居た一番高そうな法衣を着た老人だ。
「総神官長様もお答えの様に此度の聖女は我が孫娘シリエルリカに相違ございません皇太子殿下」
「ふむ、総神官長もそう申しておられるのだから確かにそうであろう……で」
皇太子殿下の視線が私やミーナセインを向く。
「余の聞いた所によると、百年振りに聖女が現れた、という事だが……聖女は三年に一度選別の儀により選ばれていたはず――」
「そ、それは! 殿下……」
総神官長は殿下の言動に言葉を詰まらせる。
「すまぬ、少し戯れた。久しく聖女が現れぬ事、聖女が形骸化している事も勿論知っている。それを責める訳では無い、体裁というのは大切であるからな」
殿下は微笑んで口調を柔らかくする。その様子に周囲の空気が少し和らいだ。
「それを踏まえて、本当の聖女が現れたというのは……本来の意味での聖女が現れたという事であろう?」
殿下は私とミーナセインを見て笑みを浮かべる。
「はい、選別の儀に於いて凡そ百年振りに慈愛の女神像が輝きを放ったのです」
「総神官長! 何を……」
ルインバロー侯爵は総神官長を睨む。
「申し訳ありませんが、私も神官の端くれ……これを無かった事には出来ません。そこに居られるミーナセイン殿とヴェルメリア殿が女神像に触れた時にまばゆい光を放ちました、これは揺るぎ無い事実です」
「……なるほど。ではヴェルメリア、ミーナセイン、女神像に触れてくれぬか?」
ミーナセインは父親であるブランシュ侯爵の顔を伺っていた。侯爵は殿下へ恭しく礼をし、ミーナセインに目配せをした。
「承知致しました殿下」
私はすっくと立ち上がり女神像へと歩み寄る。
「ヴェルメリア止めろ!」
お父様は私を凄い形相で睨んで怒鳴ります。
「皇太子殿下のご指示ですわ、お父様」
お父様は「失礼致しました」と頭を下げる。
私はゆっくりと女神像に近づき、一礼してその御手を握る。
「おお……」
女神像は全身から赤く眩い炎の様な光を放った。殿下は目を丸くして感嘆の声を上げる。私が女神像から手を離すと光はゆっくりと弱まり、消えた。
「なるほど、事実だな……」
そうしていると、ミーナセインもすっくと立ち上がり私と同じ様に女神像の手を握ると白い光輪の様な眩い光を放っていた。
「素晴らしい……これはまさに聖女の再来」
女神像の前に立つ私とミーナセインの前に歩み寄った皇太子殿下は跪いて頭を垂れた。
「で、殿下!?」
ルインバロー侯爵や周りの人達は殿下の行動に慌てつつ頭を下げた。ミーナセインは目を丸くして戸惑っていたけど、私はしてやったりと笑みが溢れていた。そして殿下は立ち上がるとルインバロー侯爵を見る。
「そなたの孫娘、シリエルリカ殿にも是非女神の御手に触れて貰えないだろうか?」
殿下の眼差しにルインバロー侯爵は顔を引きつらせていた――。




