第13話 ルインバロー侯爵
――私が大聖堂に到着すると、神官達は慌てて取り敢えずという事で応接室に通された。
既にそこにはもう一人の聖女候補ミーナセインが座っていた。彼女は立ち上がるとスカートを摘んで淑女礼をしたので私も礼を返す。それ以降はお互いに無言でただ座っていたけれど、その間に時を告げる鐘が二回も鳴った。私は部屋の中をウロウロ歩き回ったりして暇をつぶしていた。
「いい加減ちょっと長過ぎますわよね?」
「仕方ないですね、私達には待つことしか出来ないですし……ちょっと落ち着いて座られたらいかがです?」
ミーナセインはすまし顔でそう答える。
(なに、嫌味?)
私はちょっとそれが癪に触って、ちょっとからかってみたくなった。
「……そうは言いましてもこれだけ待たされたら我慢の限界ですので、御不浄に行って参りますわ」
「ごふ……え? そ、それは……」
ミーナセインは目を丸くして頬を赤らめた。
「用足し、手洗い、お化粧直し、お花摘みとも言いますね。もっと分かり易く言った方がよろしいですか?」
「い、いえ。ちゃんと理解していますので大丈夫です……」
(真面目ないい子ちゃんぽいからこういうのは苦手?)
まあ普通の貴族令嬢の教育を受けてたらそりゃ恥ずかしいよね。私はお爺様の元、田舎でのびのび暮らしてたからこういうのは何ともない。
「すみません、御不浄に行きたいのですけれども――」
私は扉の外に居る女官に声をかけた。女官は顔を赤くして「お、お待ち下さい今は……」と焦っていた。
「どうしましたか?」
そこに神官服の若い男性が声を掛けてきた。
「あ、マギアス副神官長……」
女官は一歩下がって頭を垂れる。副神官長というと、確か神官長は神官や女官たちの実務上のまとめ役だから、その補佐だったとおもう。
「何を騒いでいるのですか?」
「申し訳ありません、ヴェルメリア様が、その……」
「私、二時間も待たされていい加減我慢の限界ですのでご不浄に行きたいと申し上げたのですが、止められてしまいまして」
「な……」
マギアス副神官長も私の言葉に面を食らった様子だ。
「そ、それは……も、もちろん女官に案内させますが、今は暫しお待ちを……」
そんなやり取りをしていると、廊下の向こうから一団がやってきた。女官はそれに気づき廊下の端で膝をつき頭を垂れた。
「ヴェルメリア殿、端に寄って頭を垂れて下さい」
マギアス副神官長が私の耳元で囁いて手を引こうとしたが、なんの事やら分からないのでその手を躱して振り返って一団を見た。そこには身分の高そうな神官達と上級貴族らしい初老の男性、そして私と同年齢くらいの令嬢が居た。
「なんだこの娘は?」
「う、ヴェルメリア嬢、道を空けられよ。ルインバロー侯爵であらせられるぞ!」
よく見ると選別の時に居た進行役の神官だった。
「マギアス副神官長、何をしている?! 早くヴェルメリア嬢を下がらせぬか!」
「はい、ロベルロン神官長。ヴェルメリア殿、お従い下さい」
(ああ、この人が神官長だったのね)
儀式で進行役をしていたのはその為かと納得した。
「ゲルレムの娘か、ふん。侯爵家といえど、田舎出身の貴族では娘もまともに教育出来んようだ……」
ルインバロー侯爵。確か七〇は超えてる老侯爵だけど、率いる派閥は大きくて皇帝陛下も無碍には出来ない帝国の重鎮だ。整えられた白髪と口髭がいかにも嫌味な感じだ、というのは私の主観。
「さあ、行こうかシリエルリカ」
「はい、お祖父様」
私に向けていた鋭い目つきが一変、後ろに控える令嬢に向ける眼差しはとても優しい。それは瑠璃色の髪で私と同年齢くらいだけど体格も細くて可愛らしい顔立ち、いかにも深窓のご令嬢といった様子だ。
私は面倒なので取り敢えず貴族礼をして一団を見送った。
「あのご令嬢は?」
「ルインバロー侯爵家のご令嬢シリエルリカ様です。この度聖女として選別の儀を終えられて、本日正式な聖女として皇帝陛下の名代の皇太子殿下より任命されます」
今、聞き捨てならない事を聞いた。
「は? ちょっと待って下さい、私とミーナセインさんが百年振りの本物の聖女だと仰いませんでした?」
マギアス副神官長は苦悶の表情を浮かべた。
「そうなのですが……その事も含めてお話をさせて下さい」
マギアス副神官長と共に控えの部屋に戻る。
(さて、どんな話なのやら……)




