第12話 怪しい雲行き
――今回の聖女選別の儀で選ばれたのは私とミーナセイン嬢で、およそ百年振りと言っていた。これで、私を邪険にしてたお父様とお兄様の鼻を明かしてやれると思っていたけれど、なんだか面倒な事になっていた。
儀式で使う慈愛の女神像が本当に光ったのは私達で、疑うなら何回でも触れてあげるんだけど……なんかこれに文句を言っている人達が居るらしい。
「は? どういうことですの、お父様?」
「どうもこうもない。今回辞退すれば次回以降は優先的に選ばれる様に配慮すると、格段のお達しだ」
百年余り現れなかった「本物の」聖女に選ばれたのよ私?
「お達しって、何処からですか? 私は大聖堂の正式な聖女選別の儀で選ばれて、大神官様方も認めて下さったのに?」
「お前が知る必要は無い。とにかく、辞退すると大聖堂には伝えておく……」
「という事は大聖堂の意向ではないのですね? 嫌です納得いきません」
「ヴェルメリア!」
お父様は声を大きく荒げて言いますが、もうそれで萎縮するような私ではない。
「お父様の命で聖女選別の儀に参加したんですよ? せっかく選ばれたのにそれをなんの説明も無く今度は辞退しろ、なんて納得できる訳ないでしょう?」
「お前の納得など必要ない。いいから辞退だ」
(埒が明かないわね……)
「分かりました、ご説明頂けないのであれば今から大聖堂に行き説明を求めて来ますわ」
「いい加減にしろ!」
お父様が呼鈴を鳴らすと、部屋の扉が開き、体格の良いお父様付の護衛二人が入ってきました。
「ヴェルメリアを部屋に閉じ込めておけ」
どうやら実力行使に出るようだ。
(けど、それは悪手よお父様?)
「あらお父様、そういうつもりでしたら話が早いですわね」
「何?」
「お祖父様仕込みの武術をご披露させて頂くまでですわ」
「何を戯言を……抑えろ」
「お嬢様、失礼しま……」
私は後ろから拘束しようとした護衛の顎を掠める様に拳で打撃を加えた。護衛は糸が切れた人形の様にその場に崩れ落ちる。
それを見てもう一人の護衛は顔色が変わった。お父様と私の間に割って入り、構えを取る。
(流石は侯爵の護衛ね、私がやったことを理解している……)
「旦那様、申し訳ありませんがお嬢様を無傷でお部屋にお連れする自信はありません……」
護衛は私に対して最大の警戒をしている様に見えた。もう奇襲では倒せないだろう。
(二人とも一気にやっちゃえば良かったかなあ?)
「止めろヴェルメリア!」
「ではご説明頂けますか、お父様?」
「……ルインバロー侯爵家だ。今回の聖女選別は本来、ルインバロー閥から選ばれる予定だったそうだ」
お飾りの偶像化していた聖女は貴族達の権威付けに利用されていて、教団も多額の寄付が得られるということで慣例化していたらしい。
(で、そのルインバロー侯爵家は多額の寄付を納めたのに娘が聖女に選ばれず、お怒りということね?)
「そもそも聖女選別が寄付で決まるのがおかしいのでは? それなら最初から聖女は寄付で決まるって言えば良いではないですか?」
「理屈を捏ねおって……聖女選別の儀を経て選ばれるという体裁が必要なのだ」
「体裁も何も、私が何かした訳ではなくて女神像が光って、大神官の皆さんが私を聖女と仰ってるので、私が辞めてどうにかなる事なのですか?」
そもそも私が聖女を名乗ったのではなくて、正式な手順で選ばれたわけだしね。
「そ、それは……」
あんなにも絶対的に思えたお父様が今は小さく見えてしまった。まあ、侯爵家とはいえうちは序列がかなり下だから、家を護るのに必死なのは分かるけど。
我が家、ゲルレム侯爵家としては大派閥の長であるルインバロー侯爵家と揉めたくないのだそうだ。
(でもまあ、文句があるなら慈愛の女神様に言って欲しいわね)
「私は慈愛の女神に選ばれたので、私の一存では決められませんからやはり大聖堂にご報告さしあげますわ……では失礼します」
まだ何か言おうとしているお父様を尻目に私は淑女礼をして部屋を出て大聖堂へと向かった。




