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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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94 「京月家当主」

 

 四龍院(しりゅういん)家次男、初雪の手で終わりを迎えた四龍院家の陰謀。

 彼らに従った黒魔道士や傭兵の残党達は、四龍院家の元にいたからこそその力を存分に振るえていたが四龍院家が終わりを迎えた今その身を守る盾となるものは無くなった。もう既に魔力も、戦えるほどの力も無い。


 このままでは四龍院崇景(しりゅういんたかかげ)鷹翁(たかひと)と同じく、魔王と手を組み国家転覆を図ろうとした挙句、帝の本家の血筋である朱雀(すざく)あまねをも殺そうとした大罪人として処刑される未来しか、彼らには残されていない。


「あ、あぁ……もう終わりだ……」

「俺は、俺は……うわぁぁあああああ!」


 残された黒魔道士や傭兵は既にあまねの圧で戦意を喪失していたが自分の命だけは奪われてたまるかと、一斉にその場を飛び出していく。

 だがそれすら叶うことは無いだろう。


 何故なら……。


 彼らが一斉に向かっていく出口の方には誰もいない。簡単に逃げ出せる、と黒魔道士も傭兵も希望をその瞳に宿したところで、開かれた扉の先から赤い炎と、刀を抜く金属音が響いた。


 逃げ出そうとする男たちは薄暗い通路からこちらに向かう彼を目に映して、その次に彼が何かを引き摺っていることに気が付いて視線を落とす。

 彼が引き摺っている何かは赤い液体を垂れ流している。それは血だった。


「……え?」


 よく見れば、ゆらりとこちらに向かう男の後方にも数えきれない程の大量の死体の山。死屍累々(ししるいるい)、悲惨な光景が広がっていた。男は燃えるような赤髪で、襟足は短く、顎くらいまで伸ばされた横髪からは返り血を浴びたのだろうか頬と一緒で血が滴っている。


 男は引き摺っていた男の死体を投げ飛ばすと、刀を構えて深く体勢を落とす。

 一瞬だ。体勢を落としたと同時に踏み込み、既にその体は逃げ出そうとしていた魔道士達の目の前に飛び込んでいる。翠蓮はそんな男を視界に入れた時、ふと京月亜良也の姿が脳裏によぎった。


 しかし、あまねや伊助、桜、(ゆずりは)と宇佐。その場にいる初雪を含めた貴族たちはその男が誰かを知っていた。

 一瞬で斬り伏せられた魔道士や傭兵たちの鮮血が散り、男はその中心で刀を鞘に仕舞う。


 これでもうこの場に命を脅かす者は無くなった。それに対して今までこの場に捕らえられていた貴族たちもようやく生気を取り戻したのか一斉に声を上げて男を称えた。


「京月家万歳!」「万歳!」「京月家の当主が来てくれた!助かったぞ!」


 ()()()

 今死体の群れの中心に立つ男こそ、京月家当主で、亜良也と総司の父である京月誠二郎(せいじろう)だ。

 どうやらあまねから直々に建国祭への招待を受けていたが遅れてこの場に到着し、外から内部の異変を知った彼は黒魔道士や傭兵たちを斬り伏せながらここへ来たようだ。


 彼のおかげで外の敵も全滅させられており、捕らえられていた貴族たちは楪や宇佐の指示の元、この広間から出されていく。


 そうして四龍院初雪と、国家守護十隊側から翠蓮と桜、伊助と楪に宇佐、総隊長であるあまねと誠二郎のみになったその場所で、あまねがゆっくり近付いていけば、誠二郎はあまねの前で膝をついて座った。


「来てくれたんだね、誠二郎さん」


「帝となられたお方が、俺をさん付けするのはおかしいでしょう。それに、ここに来たのは貴方が俺を脅したからだ。来てくれた、とは中々に貴方らしい性格の言い方だ」


「僕がこういう人間だって、よく知っているだろ?」


 あまねのその言葉に、ため息をつきながら笑みを溢す誠二郎。

 翠蓮はその男があの京月亜良也の父だと知り目を見開いて二人の方を見ていた。


(あの人が、京月隊長のお父さん……)


 そこで翠蓮は、京月から聞いた過去の話を思い出す。


 兄の失踪以降変わってしまった父に無理矢理四歳の時に刀を持たされたかと思えば、心の拠り所であった母でさえも父に殺され、自分も殺されそうになったところで亜良也は後に剣術の天才と言われる程の才を覚醒させて父を斬り、四歳で家を飛び出したというあまりに過酷な過去。


 しかし、今目の前であまねと話をしている誠二郎を見た翠蓮は、誠二郎からその様な残虐性を感じ取れず戸惑った。

 ただそう感じただけなら、思い違いもあるのかもしれない。だけど違う。翠蓮の中にある神の力が、じくじく呻いて真実を知れと頭の中に響いてくる。


 訳もわからずただ誠二郎を見つめていれば、ふと彼の赤い瞳が翠蓮を捉えた。途端にその瞳が大きく見開かれたかと思えば誠二郎は立ち上がり翠蓮に詰め寄った。


「お前、その力をどこで手に入れた!?」

「えっ!?」


 誠二郎は翠蓮の腕を掴んでそう声を荒げた。その表情からは怒り、だけでは言い表せないどこか必死な感情がビリビリと伝わる。


 伊助や楪たちですらあまりの剣幕に何も言えずにその様子を見ていた。驚き固まるのは翠蓮も同じ。誠二郎が翠蓮の腕を掴む手に力が入ったところで、あまねが誠二郎に声を掛けた。


「誠二郎さん、その子が前に話した氷上翠蓮だよ」

「……亜良也の隊に入った新入りか」


 あまねの落ち着いた冷たさのある声で、誠二郎の張り詰めた雰囲気も次第に落ち着いていく。だがその視線は翠蓮に向けられたまま。


「あの……?」

「お前のその光の力、どこで手に入れた。いや、これは……残穢か?」


 その言葉で翠蓮は光の魔道士である瑠璃(るり)のことを思い浮かべる。誠二郎と瑠璃の間に何か繋がりがあったのかと考えたところで、翠蓮は腕の痛みに顔を顰めた。


「いたっ、」

「教えろ、お前はあの「光の聖騎士」を知っているのか」


 ギリギリと誠二郎が翠蓮の腕を掴む手には力が入り続ける。何やらそこまで必死になるほど、京月家と光の魔法の間には因縁があるのだろうか。


「誠二郎さん、翠蓮の手を離し……」


 あまねは手を離すよう言いかけたところで、そのタイミングが遅かったと知らされる。


 悪すぎるタイミングだ。その場に京月亜良也が戻ってきたのだ。


 腕を無理矢理に強く掴まれ、顔を顰めている翠蓮と、その腕を掴む父の姿。

 亜良也にとって翠蓮は大事な隊士であり、一番守りたい愛する者。そんな翠蓮に憎き父が触れているというだけで逆鱗に触れるには十分すぎる。


「俺の前で、これ以上翠蓮に近付くなら次こそ本当に殺す」


 容赦なく刀を抜いたかと思えば亜良也は父から翠蓮を引き離してその背に庇う。刀は既に誠二郎の喉元に突きつけられていた。


 一触即発の空気だ。

 ギリギリの所で誠二郎も刀を構えたことで亜良也の剣先が誠二郎に触れることは無かったが、亜良也の声も、刀に宿る殺気も本物だ。


 誠二郎は一つ息をついてバッと刀を振り払う。


 翠蓮はその時微かに誠二郎の中に何か嫌な力を感じたが、二人の間には触れることが出来ずにただ亜良也の背を見ることしかできなかった。

 ただ、誠二郎の表情が一瞬曇ったのを、翠蓮だけは気付いていた。


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