89 「動き始める影」
地獄の戦場と化したその場にいるのは、国家守護十隊最強と言われる京月亜良也、最上級・魔王クラスの中でも序列三位に位置するノアール。そして光の聖騎士と呼ばれる瑠璃。
そこに現れた魔天に関する情報は少ないが、この世界の崩壊を望む最高神により作られた組織で、この世界の最高神は翠蓮の中にある力を狙っていた。
その魔天に属する兄の登場に京月の表情にも驚きが宿った。
「総司……!!」
しかし京月が総司に声を掛けるより早く、ノアールが総司の元に飛び出してその命を狙う。
「魔天が何故ここにいる!?邪魔をする気か!」
漆黒の力を向けられた総司は漆黒に包まれて姿を消すが、ノアールの背後でちりついた青い炎が総司へと姿を変える。漆黒の力に包まれたはずの総司の姿はその中から消えていた。
「どこ見てんだよカス」
「ッ、クソガキがァ!!」
咆哮するノアールだが、距離を取り総司へと視線を戻すもその時には体が斬り離されていた。それもただ斬られただけで無い。魔天の幹部である総司には最高神イーヴィルの『祝福』がかかっているのだ。
斬られたノアールの体にはイーヴィルの力が降り掛かり、それを理解した時には体など何処にも残っていない。
総司が持つ蒼炎の力。その炎には神気が宿り、絶大な力を持つものだ。あまねの持つ魔法であり、エセルヴァイトの力の一部を魔法としたものである『原初天空魔法』には及ばないが、この『蒼炎魔法』も神の力を宿すもので、イーヴィルが総司に目をかけて魔天に引き入れたのもその魔法が理由だろう。
そして、本体ならまだしもこの場にいたノアールは偽物。ひらりと白い形代が舞い地面に落ちる。
「たく、俺が来る必要無かっただろ」
形代などでは総司の蒼炎には通用せず、地面に落ちた形代はノアールの力を失い姿すら保てず塵となり消えてしまった。
偽物だとはいえ、相手は魔王の力の一部を持つものだったのだ。京月はそれに一瞬で決着をつけてしまった総司の力に一気に不安が押し寄せる。
目の前にいる総司は、やはりもう自分の知る頃の兄とは変わってしまったのでは無いかと。
ジェイドから総司の話を聞いた時、まだ全て信じ切ることは出来ずとも、総司の中に優しさが残ったままなのではと、少しずつ考えられるようになってきていたのが、一気に間違いだったと知らされるような感覚だ。
形代を拾い上げて灰にする総司に対して声を掛けようとして近付く京月。
しかしズシンと重い物音を立てて一帯の崩壊が早まっていく。ぐらりと揺れていく中で、少しだけ総司と京月の目が合った。
「……これ以上俺を追うな」
そう落とされた総司の声に、京月の瞳が見開かれる。
「なんで……、一体なにをしようとしているんだ……?ジェイドが言っていた、約束を忘れてないって!答えろよ!兄さん!!」
以前、京月を救った際にジェイドが話したこと。
『誓って、京月総司は貴方との約束を忘れていませんし、京月家に仇なすような行いなど一度としてしておりませんよ』
そして兄弟の約束。
『京月家の剣術は誰かを守るためのものなんだ。亜良也が危ない時は兄ちゃんが絶対守ってやるから』
必死な京月の声に、その場にいた瑠璃まで表情を強張らせる。
京月の声は、確かに兄を求める弟のものだった。
総司と京月の間に流れるのは、一体なんなのか。
「ジェイド……余計なこと話しやがって」
そう漏らす総司の表情は依然として固いまま。
続けられようとする京月の言葉を遮って、総司は京月に言葉を向けた。
「余計な詮索をするな、これ以上誰も死なせたくないならな。魔王クラス全十体、そして魔天最高神。この全てから今この時も一番に狙われているのは隊では無く氷上翠蓮だということを忘れるな」
氷上翠蓮。その名前で京月の体はぴたりと止まる。伸ばしかけた手が微かに震えるのを、総司も目にしたことだろう。
「一つだけ忠告しておいてやる。魔天はお前たちが知っている以上にこの世界の核に複雑に絡みついている」
「忠告……?それは、どういう……」
しかし京月の言葉は続かない。総司の体はその周辺に現れた霧のような力に呑み込まれていく。
その霧に手を伸ばそうとする京月だが、腕を切り落とされそうな恐怖を感じてすぐに手を引いた。感じたのはエセルヴァイトのものとも、先程翠蓮の体から溢れた力とも違う、悪意の塊のような神の力。この力がきっと、翠蓮とこの世界を狙う最悪の最高神のものだと京月は気付かされた。
「……死ぬなよ、亜良也」
総司のその言葉が聞こえた時、既に総司の姿は霧と共に消えていた。
「……兄さん、」
京月が漏らした声は、先程まで確かに総司がいたそこへ落ちていく。京月の瞳は下へと落とされ暗さを増す。
そんな京月の側に瑠璃がゆっくりと近付く。
瑠璃の仮面から覗く青い瞳は真っ直ぐだ。強い意志がそこにある。
「守りたいものがあるのなら、下を向くな」
「お前に、俺の何がわかる」
京月の少し弱々しさのある声。瑠璃は小さな笑みを浮かべて口を開いた。
「さぁ、分からないな。俺はお前を知らない。お前も俺を知らない。ただ、俺とお前の間に氷上翠蓮がいるというだけだ」
「……お前は、氷上とどういう関係なんだ?」
少し不機嫌さが宿った京月の表情を見て、瑠璃は相棒として自分が翠蓮をここに連れてきたことを話す。そうすれば、京月の表情はすぐに強張っていく。
こんな危険な場所になぜ翠蓮を連れてきたのかと。
「お前たちの知らないところで、崩壊は確実にはじまっている」
そう言うと、瑠璃は王宮の方へと戻る為に隠し通路へ向かっていく。京月は総司が残した言葉と、瑠璃の言葉に眉を寄せながらも瑠璃の後を追い始めた。




