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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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87 「龍の血を引く俺を」

 

『俺が、龍になったとして。お前はそれでも俺の隊士として傍にいてくれるか?』


 伊助が桜に向けたその言葉。桜は戸惑いを見せながらその言葉をなぞる。


(龍に、なったとして?)


 邪龍の呪い子として虐げられていた彼の過去を知った桜は、その言葉が何か彼の深いところに関係しているのかと考えるが、そんなことと彼の傍を離れる離れないは全く別の問題だ。

 桜は伊助の問いかけに迷うことなく答えた。


「隊長が龍だろうと関係ない。わたしは、あなただからついていくんです!」


 そう言えば、伊助はなんだか憑き物が取れたかのように笑みを浮かべて桜の頭を撫でる。頭を撫でられながら、桜は先程傭兵に捕まっていた時に伊助が言い放った言葉を思い返していた。


『生まれてきたことを後悔させる……?そんなの……ガキの頃からずっとしてきたに決まってんだろ!』


 意識を途切れさせる寸前に聞こえてきた言葉が、桜の心には引っかかっていた。

 そこまで実家を嫌っていた隊長が、実家の力を使ってまで何の関わりもなかった桜を庇ったのは一体どうしてか。


「隊長。隊長は、なんであの日、魔力を暴走させて処罰されそうになった私を助けてくれたんですか?」


 助けられた際にも一度、聞いた事があったのだがその時は答えて貰えずにはぐらかされてしまったその問いかけ。

 だが、今の伊助はその問いかけに答える為に口を開く。


「魔力が暴走する怖さは、よく知っているからな。そして、大きな魔力を持つ者ほど、その人物の内面さえ知らないままで恐れられる。俺はあの日の桜に自分を重ねたんだ。これから自分がどうなるのか考えて体を震わせている神崎を見て、自分とは違って、神崎には救われて欲しいと思った」


 そんな言葉を聞いて、桜は拳に力を込める。

 その優しさに今までどれほど助けられたか。そして、そんな桜の姿は伊助自身がどれほど望んでいたものだったか。かつての伊助とは違い、守られて助けられた桜の姿を優しく見守る中には複雑な感情もあったはずだ。


 そして、その場限りでは無かった伊助の優しさにも、桜は幾度と無く助けられていた。

 伊助に庇われて処罰を受けることなく解放された桜だが、一度魔力を暴走させた身だ。貴族たちからの視線は痛いものばかりで、自分の身可愛さに桜を裏で始末しようとする者達もいた。しかしそれらは全て彼女の知らぬところで伊助により叩きのめされて、彼女が傷付くことは一度としてなかった。


 それを桜が知ったのは総隊長であるあまねの屋敷に任務の報告で訪れた際に、うっかりあまねが零した時だ。

 桜の未来が曇ることなく守り抜いてくれた伊助に対して、桜は溢れんばかりの感情を声に乗せた。


「わたしは隊長に今までたくさん助けられました。今度は、わたしにも四龍院(しりゅういん)隊長を助けさせてください」


 隊長が過去に囚われているのなら、あの日隊長が私を救ってくれた時の様に、わたしが貴方を救う。


「俺はもう、十分神崎に助けられたよ」


 そう綺麗に微笑みを浮かべた伊助の表情に見惚れた桜の耳に、こちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。何かあったのだろうか、先程の傭兵たちがこちらに戻ってきているようだ。

 慌てて立ち上がろうとする桜の肩に手を置いて押し戻す伊助。


「隊長?」


「大丈夫だから、少し休んでろ。俺は、神崎たちがそばにいてくれるなら、なんだっていい。もう一人じゃ無いんだ。今ならきっと、この力をちゃんと使える気がする。俺はもう自由だから」


 そう言った時、傭兵達がその場に飛び込んできたが、彼らは二人が牢の外に出ているのを見てギョッとして後退る。


 だが、伊助は血に塗れている。先程まで散々な目に遭わせてきたのだからそう動くことはできないだろうと傭兵達は、桜を守るようにその前に立った伊助に対して飛びかかる。


「隊長っ!!……っえ?」


 桜が今の傷付いた体では危険だと叫ぶが、そんな伊助の傷も、血の汚れでさえもが綺麗になっていく。

 そして何故だか傭兵たちは動きを止める。まるで何かに体を押さえ付けられるような圧。


 一体何が起きているのかと戸惑う桜に対して、伊助はまた言葉を向けた。


「邪龍の呪い子。俺はそう呼ばれて生きてきた。だが、それもあながち間違いでは無いのかもしれない。四龍院(しりゅういん)の血を引きながら、俺は龍の血を引いている。人間であり、龍である俺が恐れられ、愛されなかったことは当然のことだ。それでも、凛や、神崎には俺のそばから離れないでいて欲しい。龍の血を引くこの俺を、俺自身を見て欲しいんだ」


 そう言った伊助は、本当に桜はこんな自分から離れずにそばにいてくれるだろうかと、不安に駆られながらも桜を困らせない様に笑ってみせて、その内に宿る力を呼び起こす。そんな伊助の額には龍の鱗のような紋章が浮かび上がり瞳は煌々と輝き力が溢れていく。

 そんな伊助の力を前に動くことすら出来ずに震えながら立ち尽くす傭兵たち。その中でも伊助はまっすぐにその中心にいた男の元に向かっていく。

 それは先程伊助の前で桜を手酷く痛めつけた男だ。


 男自身もどうして真っ直ぐに自分の元に向かっているのか理解しているからか、その表情には伊助に対する恐怖を滲ませている。先程までは桜を人質に取られたことでなす術なく四龍院家(しりゅういんけ)の言いなりになり痛めつけられ弱っていた伊助だが、完全に回復してしまったのなら話は別だ。


 たかが傭兵ごときが四龍院伊助(しりゅういんいすけ)に勝てるはずがない。


 それに今まで街に現れた魔物などの相手をする彼の姿を傭兵たちは見たことがあったが、今目の前にいる伊助の体から溢れる魔力はその時とは比べ物にならないほど大きく底知れぬほどになっている。


「なんだ、その魔力は……」


「これは総隊長と京月しか知らないことだったんだが、特別に教えてやるよ。今、全てを解放した俺の魔力量は、京月を超えている」


 本来持ち得る全てを解放した伊助の魔力は隊最強である京月の魔力量をも超える。

 今まで知られてこなかったが、四龍院伊助(しりゅういんいすけ)の魔力量は国家守護十隊一を誇るのだ。


 そんな力は彼にとって枷でしかなく、半分龍の血を引く事実を認めて、これ以上恐れられ、拒絶されてしまえば彼は全ての光を失い絶望していたことだろう。自分の力を嫌い、自分で自分の全てを拒絶していた伊助。

 だが、そんな彼を遂に桜が変えたのだ。


 人間、そして龍の子でもある伊助は、自分の持ち得る全てを使って、この騒ぎを終わらせる為にその場を支配した。

 そんな彼の魔力の衝撃だけで傭兵は全員気絶して、そこに残されたのは伊助と桜の二人だけ。


「神崎、俺は……」


 それでも俺は、隊長として見てもらえるだろうか。

 そう聞こうとしながら振り返る伊助の目の前には、既に桜の姿が。

 強い衝撃と共に、桜が伊助の胸に飛び込んだことを知る。


「なにがあっても、わたしは隊長と一緒にいる。隊長がどんな人でも、ずっと大好き!ずっと、わたしの隊長でいてよぉ……」


 そう言いながら泣き出してしまった桜。伊助は桜や隊士たちが自分を知って離れていく不安、桜は自分自身を拒絶したまま伊助がいなくなってしまうのではないかと、お互い不安があった。


 そんな桜の不安に気がついた伊助は、京月やあまねだけでなく、自分にはこんなにも自分を大事にしてくれる人がいるのだと知って、桜に気付かれないように涙を落として彼女の体を受け止めるように抱きしめた。


「あぁ。俺はずっと神崎のそばにいる。だから、俺たちの未来を守るために、一緒に戦おう」


 そんな伊助の言葉に、桜は抱きしめられた腕の中で何度も頷いた。

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