86 「無数にある世界の中で」
不破と礼凛、一の三人は、大きくあんぐりと口を開けてユーシルとエセルヴァイトの方を見ていた。
まず、エセルヴァイトの正体が原初の最高神であることを不破以外の二人に伝えたこと。そして、ユーシルの正体が存在する世界の中で最初に誕生した世界の核だと伝えられたこと。
三人が驚きで固まるのも無理は無い。
「俺も、ユーシルもそうだが俺達は大体二十歳あたりで歳を取らなくなるんだ。ユーシルの場合はそれが早くて五歳の時の状態で止まったが年齢で言えば俺と変わらないよ」
「あれ?でもエセルヴァイトって今何歳だった?僕もう自分の年齢なんて覚えてないよ。だって結構出来たばかりのこの世界も百三十八億年前でしょ?」
「……そうだな?言われてみれば年齢を気にしたことは無かった。無数に世界が存在する中で世界は今この時も新たなものが生まれている。そんな中でも今君たちがいるこの世界は百三十八億年というまだ新しい世界だ。つまり、俺達の年齢は百三十八億は軽く超えている」
「ねっ、大人でしょ!」
「大人というより俺達は『くそじじい』だろう」
『くそじじい』という言葉に心外だと言わんばかりに衝撃を受けた顔をするユーシル。人間である三人からすれば百三十八億など想像もつかない。もはや大人という枠すら超えた別のもののように感じる。
しかし、エセルヴァイトが零す言葉ですぐに現実へと引き戻された。
「まぁ、そんなことより今は、この帝都で起きている問題を片付ける方が先だな」
「あ……、隊長。花を知りませんか!花がいなくなって……」
自身が隊長を務める三番隊副隊長の一にそう言われて、エセルヴァイトは頷く。地獄蝶が彼の手の内にいる者に対する危害を知らせたことで、エセルヴァイトは既に花に起きていることを知っていた。
「知っている。だから俺はここに来たんだ。このバカがここに来ていたのは予想外だったが、花を助けに行く前に君たちに伝えなければならないことがあったからな」
「ということは、花に何かあったんですか!?……すみません。俺が気付いて守らないといけなかったのに」
そう悔しそうに表情を歪めて拳を握る一に、エセルヴァイトは少しばかり目を瞬く。自分が姿を見せない分、副隊長である一は隊長が姿を見せない理由も知らされないまま、ほとんど隊長代理のような感じで隊を纏めており、それに伴う緊張や重責感もあっただろう。
一番隊とは違い、三番隊は一般隊士も多く隊に抱えている。そんな三番隊がいつもきちんとまとまっているのは一の努力のおかげだ。そして、三番隊がそうであるのはきっと、隊士を大切に思う一の心からだと気付いて、エセルヴァイトは嬉しそうに笑みを浮かべる。
そしてエセルヴァイトはそんな一の頭を撫でた。
先程もそうだったが、誰かに認められて頭を撫でられるなんていうことに慣れていなかった一は戸惑いやら恥ずかしさやらで慌てて顔を上げる。そうすればエセルヴァイトの赤い瞳とばっちり目が合って、そんな赤い瞳は優しく細められて一は擽ったさから顔を逸らす。
「燐のせいじゃない。俺が一番に気付かなければならなかったんだ。だが、花なら大丈夫だよ。あの子は以前よりも強くなった。それは燐も分かっているだろう?花は以前のように下を向いたままじゃない。きっと今も前を向いて戦っている。だから俺はそんな花を助けに行くんだ」
「あ……もしかして、旅人さんって…………」
一は何かに気付いたようだ。
ここ最近格段に強くなっていた花に、一が彼女の底知れぬ努力に驚き、そんな彼女を見て嬉しさで心を震わせたのはつい最近のこと。
そして一体どんな鍛練をしたのかと問いかけてみた時に花の口から零れた『旅人さん』の話。
一自身は、まずこっそり夜遅くに隊を抜け出してまで鍛練していた彼女にギョッとして心配の色を見せて、更に見ず知らずの者と一緒だということで余計に不安を感じていたが、花の話を聞いていると、旅人さんが彼女をとても大事にしてくれていることを知り、それ以上一は追求しないでいた。
その旅人さんが今目の前にいるエセルヴァイトだと気付いた一は驚きで声を漏らすが、エセルヴァイトは小さく笑う。
「あまねの言う通り、対等にいられる関係として花といた時間は、俺には知らないものばかりだった。俺は最高神で、どうしても人間と同じにはなれない。だが花や、皆が望む隊長が俺では無く、同じ世界を生きる人間だとしても、俺は努力して前に進み続ける隊士たちの姿を隊長として見守り続けたいと思うよ。だから、燐にはまた面倒を掛けてしまうが、まだ三番隊のことを頼まれてくれないか」
そんなエセルヴァイトの言葉を聞いたエセルヴァイトは、すぐに顔を上げて真っ直ぐな瞳を向ける。
「もちろんですよ。俺は、三番隊隊長である貴方の右腕で、副隊長なんですから」
「ふ、はは!その言葉、有難く受け取らせて頂くよ。翠蓮があまねを助け出した。王宮の問題は時期に解決するだろう。神崎桜は王宮に連れ去られていた様だが、四龍院と合流して、二人とも無事だ」
桜と伊助の無事を知って、礼凛は安堵の息を漏らす。
「桜も王宮にいたのか……。隊長も無事で良かった」
ドッと押し寄せた安心感から、礼凛はこちらに来てから覚えてしまっていた敬語崩れの喋り方が抜けてぼろりと砕けた言葉を漏らした。
そんな礼凛にエセルヴァイトは言葉を続ける。
今回の件で四龍院家が絡んでいること、そしてそれに伊助自身も巻き込まれていて、助け出す為には礼凛の力も必要なのだと。
伊助が『邪龍の呪い子』として残酷な人生を送ってきたことを知った不破と礼凛、一の三人。
「四龍院は自分の素顔を酷く嫌っている。自分が生きている意味さえ分からずにいた。そんな四龍院は今神崎桜と共にいる。君にも支えてあげて欲しいんだ。きっと四龍院はそれだけで強くなれる」
エセルヴァイトの言葉を聞いて、礼凛は自分のしなければならないことを理解して拳を握った。




