85 「帝都の異変」
本隊基地と本体基地を繋ぐ緊急時にのみ使うことのできる転移魔法陣。
それは朱雀あまねが事前に魔法陣を張ったことで移動が可能となったものだ。
その魔法陣を使って二番隊から礼凛、三番隊からは一燐が不破と合流する為に帝都一番隊本隊基地に転移していた。
そして、翠蓮と桜と花がいなくなったことが、京月からの連絡で知った王宮での出来事に巻き込まれた可能性があると考えて、それぞれ一般隊士や準一般隊士に隊を任せて帝都に出向いた二人は不破と合流して王宮へと向かい始める。
その途中の出来事だ、まだ王宮からは離れているというのに不気味な魔力を感じたと思えば、帝都一帯に漆黒の魔力が溢れ出した。
不破は一瞬でそれが『魔王』のものだと理解したが、礼凛と一はあまりにも強大な魔力を上手く感じ取れず、ただ嫌な圧に心臓が押さえつけられるような威圧感に表情を強ばらせる。
「間違い無い、魔王だ。王宮に魔王クラスがいる……!」
「ま、魔王って……一体王宮で何が起こってるんすか……。うちの四龍院隊長の伝令蝶も繋がらないし……」
不破の言葉を拾い礼凛が一体何が起きているのかと冷や汗を流す。
彼が所属する隊の隊長である四龍院伊助の伝令蝶と通信が繋がらず、不破から京月に通信を掛け直したもののそちらも何かに遮断されているのか繋がらないでいた。
王宮の現状を把握出来ずに動かなければならないのは苦しいが、それでも副隊長として立派に動かなければならず、三人により一層緊張が走る。
そんな最中のこと。
「うわあぁぁぁあん!」
子供の泣き声がした。そして、その子供は泣きながら聞き覚えのありすぎる名前を叫んだ。
「うわぁぁぁあん!エセルヴァイト〜〜っ!!」
エセルヴァイトという名前に三人共驚いて泣き声の主を探し始める。
三人の中でも、不破はエセルヴァイトに会ったことがあるが、エセルヴァイトは普段隊に姿を見せることが無い。彼が隊長を務める三番隊の副隊長である一でさえ彼のことを知らない。
「えっ、なんでうちの隊長?」
そんな一が戸惑うのも無理は無いが、こんな状況だ。不破の独断で一般人の外出に規制を掛けたのだが、そんな中でこんな場所に子供が一人でいるのもおかしい。何かあるに違いないと、蹲って泣きじゃくる五歳程度の子供を見つけた三人はすぐに駆け寄った。
しかし、不破がまず最初に子供に声を掛けたのだが、その子供はきらきらと輝くエメラルドグリーンの海のような瞳を丸く見開いたと思えば更に涙を流してその場を飛び出してしまった。
「うわぁぁぁぁ〜っ!!もうやだ殺されちゃうんだ〜〜っ!エセルヴァイト〜〜〜っ!」
またもやエセルヴァイトの名前を口にする子供に、一体彼とどんな関係があるのか更に謎が深まるが、こんな危ない状況であんな小さな子供を放ったらかしにしていく訳も行かずに追いかけていく。
追いかけていく途中で気付いたのだが、どういう訳か、その子供は何かに追われているようなのだ。彼が走っていく後の道には魔王の漆黒の力では無く、見ただけで体が凍り付くほどの恐怖を感じて、闇より深く感じさせられる力が現れて彼の行く先行く先を侵食しようとしている。
そして、彼が持つエメラルドグリーンの瞳がその力を弾き侵食を防いでいるようにも見えた。
「瞳に何か魔法が掛かってるのか?」
不破がそう零した時、子供が躓いて転んでしまった
転んだ子供はその場に溢れ出した魔王のものよりも更に闇に近く感じる力に掴まれてそのままどこかへと引きずり込まれるようにして連れられていく。
「危ない!」
咄嗟に不破達が魔法を発動させるが、その場に溢れた力はまるで魔法などよりも更に格上の力だとでもいうのか、少しも反応することなく増幅して、三人の魔法はいとも簡単にかき消されてしまった。
このままではあの子供が危ない。そうして三人は自分のことなど気にもとめずに子供の元へと飛び込んでいく。
しかし子供の手を掴む直前で、突然弾けた力が不破と礼凛を吹き飛ばし、その場は空気までもが淀み、苦しいものに変わった。
呼吸をするだけでも苦しくて魔力もろくにコントロール出来なくなり、ただその圧に押し潰される。
不破ですらその力を前に動けない。
直前で不破に押し飛ばされたことで衝撃から逃れ吹き飛ばされずに子供の傍に残ることが出来た一がなんとか魔法を放つがやはりろくにコントロールできずに逸れてしまう。
「うわぁぁぁぁん!!たすけてエセルヴァイト〜〜っ!」
泣きじゃくる子供と一に、一帯の漆黒の魔力をも取り込み肥大した力が向かった。
一が子供の前に立ち何とか狙いを定めて魔法を放とうとするが、やはり狙いが定まらない。そんな時に、不破が何かに気付いて声を漏らした。
「あっ」
それと同時にその場から圧が消え、周辺で溢れ出していた漆黒の力も、この場に溢れていた力も消滅した。
一のギリギリに迫っていた力の残穢による攻撃も、彼の背後に現れた男の手が触れた瞬間にかき消され、一帯の張りつめていた空気は一気に和らいでいく。
「エセルヴァイト隊長!?なんでここに……」
不破の声で一は勢いよく振り返り、礼凛はこれでもかという程目を見開く。
「は!?エセルヴァイト隊長!?」
「ま、まじっすか!?なんで……」
しかしエセルヴァイトは一言ありがとうと一に零して彼の頭を軽く撫でるとすぐにその場に座り込んだままの子供の元に。
そしてエセルヴァイトは彼の名を呼んだ。
「ユーシル」
エセルヴァイトの声で、ユーシルは恐る恐る顔を上げる。だが何かに気付いたかと思えば、ユーシルは慌てて耳を塞ぐ。
そんなユーシルの様子に不破や礼凛、一が首を傾げた時、エセルヴァイトの怒声が響き渡った。
「この、大馬鹿が!!なんでここに降りてきた、危険だと分かってるだろ!?」
エセルヴァイトのここまでの怒声を初めて聞いた不破は、あの穏やかな話し方からは想像もつかずに、礼凛と一と共にその体を固まらせる。
そんな三人の前で、今度はムッとした表情をしたユーシルがエセルヴァイトに対して言い返す。
「うるさいうるさいうるさい!!僕だって来たくてここに来たんじゃない!でももうここは限界だよ、僕は自分のせいで皆が死んでいくのをもう見たくないんだ!」
ユーシルと呼ばれた子供はエセルヴァイトの隊服を掴みながらそう泣き叫ぶ。
そんなユーシルに対して、ため息をつきながらも何か言葉を続けようとするエセルヴァイトに、今度は不破が声を掛けた。
「エセルヴァイト隊長!ほら!相手は子供ですしそのへんで……」
さすがに今は隊長として隊にいるとはいえ、エセルヴァイトは最高神だ。そんな彼の間に入るのは不味かっただろうかと思いながら表情を窺うと、エセルヴァイトもユーシルも、瞳を丸くしてどこか驚いた様子でいた。
そして、耐え切れないとでも言うようにユーシルが吹き出したかと思えば、エセルヴァイトも笑いを零し始めた。
一体二人はどんな関係なのか____




