84 「反逆者に鉄槌を」
捕らわれたあまねの救出を翠蓮に頼み、エセルヴァイトは王宮の地下にある隠し通路の更に下の層に足を踏み入れていた。
最早王宮の地下は帝都一帯に広がっているのかと思うほどだ。
隠し通路の更に下にも更に深く広がっており、エセルヴァイトでも最近までその存在を知らなかった。だがここ最近、数回帝都の地下から神力を感じることがあり、違和感を感じたのだ。
そしてその地下へと足を踏み入れて、それは確信に変わった。
「この地下……かなり深くまで続いているな。この世界にここまで深い地下の文献はひとつも存在していなかったはず。それに、やはり俺の神力を感じる」
まだまだ深く広がっているであろうそこからは、エセルヴァイトだから感じ取れたという程僅かなものだが、確かにエセルヴァイトの神力が感じられた。
その地下の層からはそれだけでなく何か大きなものが隠されているような気がしてならない。
「この世界、ただ崩壊へと近付いていただけでは無く、他にも隠されていることがあるのか?俺だけで探ろうにも、今の状況では得策じゃないな。しかし政府が何かを知っているということはありそうだな」
そう呟いたところで、エセルヴァイトの周りに無数の黒い蝶が現れる。隊士たちが傍におく伝令蝶では無く、それは最高神として全ての世界と全ての生と死を司る彼の傍につく地獄蝶と呼ばれるものだ。
何やらエセルヴァイトに緊急事態を知らせるために現れたようだ。
そうして地獄蝶は、エセルヴァイトがレオナとノアを逃がしはしたものの追い詰めたことを知って、ノアールがエセルヴァイトのことを警戒したことを伝えた上で、花が彼らの手の内の組織に連れ去られたことを伝えた。
✼✼✼
翠蓮は京月と別れ、必死に走り続けてようやくあまねの力を感じる場所へ辿り着く。
近くにいた傭兵を倒して牢の中を進んであまねを探すが、肝心のあまねの姿が見当たらない。ただそこにはあまねの魔力であるエセルヴァイトの力の残穢が残っているだけだった。
別の場所へ移動させられたことを考え、翠蓮は感覚を研ぎ澄ませて力を辿る。
すると、この牢の中に残された残穢よりも弱まった力が奥の方から感じられて、翠蓮は再びその力を追っていく。
そうして力を追って辿り着いた先にあったのは行き止まり。だが確かにその向こうからは弱々しい力が感じられる。
(絶対ここに、総隊長がいる……!)
翠蓮は京月の刀を構えて迷うことなく壁を斬る。壁はやはり隠し扉となっているのか、ただ斬っただけでは開かない。だが今の翠蓮はもはや極限まで原初神に近い存在となっている。
引くことなく、刀に自分の中にある氷の神力を乗せればそれを強化するかのように、先程エセルヴァイトが与えた祝福の力が溢れ出す。
『朱雀あまねに手を出したことを断じて許さない』
とエセルヴァイトが言っているような力の圧に、隠し扉は簡単に開かれた。
隠し扉の先には、国を裏切り魔王と手を組んだ政府の人間がボロボロのあまねを何やら大きな魔法術式の内側に捕らえて高笑いしている姿があった。
「これで原初最高神の力は我々のものだ……!これで我々はノアール様のお役に立てた!国民の犠牲など我々の命と比べればゴミのようなもの。魔物に怯えることなく我々だけは自由になれる!!」
どうやらその魔法術式は捕らえた対象から魔力を吸い取るもの。政府、そして四龍院家もそうだ。彼らは国家守護十隊と国民の命を犠牲にして魔王に付き、自分達だけ助かろうとしているのだ。そして四龍院家はそれだけに飽き足らず、朱雀あまねの魔法、地位を奪い、あれだけ忌み嫌っていた伊助の龍の力でさえも自分のものにして最終的に魔王をも殺して自らが一番になろうとしていた。
それに反対して殺されたのはほとんどが政府の上層部の大幹部たち。彼らは朱雀あまねが帝の本家の血筋であることを知っていたからこそ抗った。
今こうして、あまねから魔力を奪い殺そうとする彼らは自分達が一体誰に手を出しているかを理解していない。
魔王から自分が助かる為だけに何の罪も無い国民を犠牲にする悪逆。それをあまねが許すはずもない。
政府の人間らしからぬ発言を聞いた翠蓮。
翠蓮が入ってきたことに驚いた彼らは、他の命を犠牲に自分だけが生き残る為に邪魔はさせないとでもいうように翠蓮を殺しにかかる。
だが、翠蓮に掛けられたエセルヴァイトの祝福は彼女に向けられた攻撃を寄せ付けず消滅させる。それだけでなく祝福の力はあまねの持つ力と共鳴して瞬く間に彼の傷も、魔力も回復させていく。
「貴様……!ここに何をしにきた!我々の邪魔をする気か、だがそうはさせんぞ!?今まで誰のおかげで楽に生きてこれたと思っておる!政府無ければお前たちの生活は誰が保障する!?我々を敬って黙って犠牲になれ!」
ここまで、腐った大人がいるのか。
隊長や皆が、必死に守ってきた世界を簡単に破壊しようとする人間がいたのか。
翠蓮が自分の中で溢れる怒りを曝け出そうとした時、彼らが翠蓮に気を取られている後ろで、ゆらりと立ち上がる男。
それに気付いた翠蓮が動きを止めたと同時に落ち着いた静かな声が響いた。
「どうやら僕は翠蓮に助けられたみたいだね。翠蓮、今の状況を説明してくれるかな」
朱雀あまねの声だ。
あまねが翠蓮に向けた声は場違いな程、普段通り穏やかな声だ。傷口は完璧に治癒されているが隊服や羽織にこびりついた血痕を見なければ誰も彼が先程まで殺されかけていたとは思わない。
そんなあまねに対して、翠蓮は瑠璃と共に見たもの、そしてこの場にいる政府の人間共の企みを明らかにした。
しかしこんなにも作り話のような出来事を話したところで、たかがいち隊士である自分のことを信じてもらえるのかと不安に思う翠蓮。それほど信じ難い出来事が一気に起きているのだから仕方がない。
その場にいる政府の人間たちは完全に回復してしまったあまねを前に勝てる訳がないと思ったのか、媚びへつらうように嘘を重ねる。
「我々がそのようなことをするとお思いですか!?朱雀様、貴族である貴方が魔物側についたこのような平民隊士の話を信じるのですか!この娘こそ自分の命欲しさに魔物側につき貴方や一般国民を殺そうとしているのです!」
翠蓮を悪者として仕立て上げようとする彼らに、翠蓮は一体どうすればあまねに信じてもらえるのか考えているところで、その場にいた政府の人間、数でいえば二十人程はいたであろう彼らの首が一斉に飛んだ。
そんな光景にぎょっとして空いた口が塞がらないでいる翠蓮の前で、ただ一人だけ殺されずにいた男に声を掛けるあまね。そんなあまねの片耳には、いつも付けている花形の耳飾りが無い。
そしてあまねの手が男の服を掴み上げるとポケットからカランと音を立てて花形の耳飾りが落ちる。
どうせ朱雀あまねはこのまま殺されるのだからと、男は金にする為に見るからに高価そうな彼の耳飾りに手をつけたのだ。
「うん、やっぱり僕の耳飾りを取ったのはお前だ。お前の顔だけは覚えてたんだ。絶対に殺すって決めたからな」
それが彼の亡き婚約者の遺した耳飾りだとは知らずに。
「ぁ……俺は……っ、」
位置的に翠蓮には背を向けている為、彼女はあまねの表情を見ることはできないが、男は冷え切った視線に宿る絶対零度の怒りを全身に受けながらその生涯を終える。
「地獄に堕ちろ」
そうしてその場にいた政府の人間はあまねの魔法で全員が死亡した。
呆然とする翠蓮に、あまねはまたいつもの落ち着いた声をむける。しかしその声からは揺るぎない怒りを感じた。
「前に言ったからね。翠蓮のことを、何があっても信じ抜くと。さて、行こうか翠蓮。罪なき人間と帝国を裏切った反逆者に鉄槌を下す時間だ」




