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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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83 「ただ対等な存在」

 

 これは以前、エセルヴァイトが任務の報告であまねの屋敷を訪れていた日のこと。


「花のこと、気にかけてくれてるみたいだね」


 あまねから向けられたそんな言葉にエセルヴァイトは目を瞬く。そして、気付かれていたのかと頬を掻きながらあまねの前に腰をおろせば、言葉が続けられた。


「以前から隊士が難易度の高い任務に行く時に影ながらフォローしていたのは、僕の魔力でエセルヴァイトの力を辿れば分かることだからね。先日の任務で花が怪我を負ったはずなのに気が付いたら傷も魔物も消えていたと驚いていたよ。別に、正体を明かさずに姿を見せるだけでも良いんじゃないかな?その方がエセルヴァイトも隊士のことを見ていられるだろうし」


 あまねのそんな言葉にエセルヴァイトは首を振る。


「そもそも俺は、前から言っているが俺が隊長であることにも納得していない。ちゃんと隊士のことを理解してやれる人間に任せた方が良い。俺は最高神として人間を守る立場であるが、人間で無い以上人間の全てを理解する事など出来ないし、人間が持ち得る感情すら、俺には無いものがほとんどだ。隊士が求める隊長は同じ世界を生きる人間であって俺では無い」


「理解出来ないなら、理解しようとすれば良いんじゃない?皆が皆全てを理解している訳じゃないよ。誰だって、分からないから理解しようとするんだ。エセルヴァイトも、皆を理解しようとしてあげて。隊長として、三番隊の皆を知って、感情や全てを知っていけばいい」


 あまねから返ってきた言葉に、エセルヴァイトはつい笑いを零す。どうしてこうもこの男は他人の心に響く言葉をすらすら生み出せるのかと。

 笑いを零しながら、エセルヴァイトは口を開いた。


「相変わらず、ああ言えばこう言う。ここまで意見されることは初めてだ」


「僕がこういう人間だって、エセルヴァイトも分かっているはずだよ。こうして理解していけばいいんだ。正体を隠して、対等な関係でいることも良いことだと思うな」


 対等な関係。

 最高神として、存在する全ての世界の中で一番最初に生まれた世界と共に誕生したエセルヴァイト。そんなエセルヴァイトにとって対等な関係と言えるのならそのただ一つ共に誕生した世界の魂だと言えるだろう。だがそれは世界でありエセルヴァイトと共に過ごせる存在では無い。

 それ以外でエセルヴァイトに対等に接する者も無く、最高神エセルヴァイトの誕生の後に誕生したのは原初の太陽神と月神だが、そんな太陽神や月神でさえ高位神としてエセルヴァイトの下につき彼に忠誠を誓っている。


 生まれながらにして、誰とも対等な存在でいられなかった。それがエセルヴァイトだ。


 そんなエセルヴァイトにとって、あまねが向けた『対等な関係』という言葉は衝撃となった。


(対等な関係?この俺に?)


 エセルヴァイトは人間を守り導く者としての慈愛に満ちている。だがそれでも、対等な関係を知らずただ独り孤独に生きてきたエセルヴァイトは人間や誰しもがその内に持つ愛が何かを知らないでいた。


 最高神が人間に対して持つ愛を手にするだけで、エセルヴァイト自身は愛を知らない。

 だからこそ、あまねの言葉はエセルヴァイトの心情に変化をもたらした。


「そうか、そうだな。対等か、ふふ」


 ✻✻✻


 気が付いたら声を掛けていた。隊長でも無く、ただの旅人として。


 元々体が弱いながらも、優しい性格の花は自分が戦闘向きである風魔法を持って生まれたことで、この最悪な時代で少しでも人の役に立つ生き方が出来ればと思っていた。

 引っ込み思案で消極的な花は、最初こそ自分に戦えるだろうかと不安な気持ちでいっぱいだったが家族の支えもあり、桜と同じく国家守護十隊が設立した魔法学院を卒業し隊士となった。

 しかし同期に比べてまだこれといった実績の無い彼女は常に不安に駆られ、段々と自信を無くすように。


 だが自分を受け入れてくれた三番隊の役に立つ為、そして尊敬できるエセルヴァイト隊長の力になる為に毎日魔法の練習を欠かさなかった。それでも上手くならない状況に挫折しかけて、遂には魔力を暴発させてしまった。


「……っ?」


 暴発し、自分に迫り来る魔法を前に咄嗟に身構えた花だが誰かに抱き寄せられたと思えば暴発したはずの魔力は消えていて。


「魔法は生きているんだ。焦りすぎた今の状態で放てば魔法も同じで焦り暴発してしまう。大丈夫だから、深呼吸をしてもう一度やってみるんだ」


 花は自分を落ちつかせるように声を掛けてきた白髪に赤い瞳を持つ男に手を添えられ、男の言った通りに深呼吸をしてもう一度魔法を放った。

 その魔法は自分でも驚くほど真っ直ぐに飛んで、木を切り倒してみせた。驚きと喜び、複雑に混ざりあった感情を溢れさせながら男の方を見れば、その男は何故だか自分のことのように嬉しそうに笑って花の頭を撫でた。


「あの、あなたは……?」


 そう問いかけてきた花に、エセルヴァイトは『対等な関係』でいたいという思いから旅人だと伝える。


「ただの旅人だよ。君はいつもここにいるんだな、魔法の跡でいっぱいだ」


「わたしは、まだまだ何の役にも立てなくて。はやくみんなみたいに強くならなきゃいけないのに」


 そう答える花の声は震えている。手も、頬も、擦り傷だらけで魔力もすり減っている。そして花がこっそり毎日の鍛錬に使っているこの森の光景を見れば一体どれほど努力してきたのかが分かる。


 そんな花の傷をするりと治癒して、エセルヴァイトは旅人として言葉を向けた。


「こんなに努力できる君を、誰が役に立っていないと言うんだ?努力できる立派な、強い子だ。誰もそれを知らなくとも、()()()()()()()()()()


「神?ふふふ、面白いことを言いますね」


 少しずつ張り詰めていたものが抜けていくのか、花はふにゃりと笑う。


「俺で良ければ、君に魔法を教えるよ」

「いいんですか?でも、わたしなんかにそんな……」

「良いんだ。旅先での出会いは大事にするものだろう?そのかわり、君の過ごした一日のなんでもいい、他愛ない話をしてくれないか?友人のように」


 そんな約束。


 エセルヴァイトは旅人として、友人としてただ花の成長を見守り、花はそんなエセルヴァイトをただ一人の人間として。


 そして、時は流れて建国祭の為に総隊長たちが王宮へと行っている今日のこと。

 いつもの様に森で鍛錬に励む花は、ここ最近姿を見せない旅人のことを考える。


「どこか旅に行っちゃったのかな。あんなに魔法が上手なんだし、きっとどこでも生きていけそう。私も、もっとしっかりしなきゃ」


 そうして花は今、隊で何が起きているかも知らずに旅人と共に鍛えて上達させた魔法を更に強くする為に、鍛錬を続ける。


 そんな花の姿が森から消え去ったのはすぐのこと。

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