82 「偽りの光」
政府本部、大量の殺戮が起きた悲惨な状態となったそこで、光と漆黒は激しくぶつかっていた。
瑠璃の剣が放つ眩い光は魔王の体にもダメージを与えるようで、ノアールは瑠璃の光を纏った剣撃に舌打ちをする。しかし、光といえども相手は闇を超えた漆黒を持つ。
瑠璃の光でも完全に痛手となるダメージを負わせることは出来ず、このままでは魔力がもたない。
一度ノアールから距離を取り、呼吸を整える瑠璃。そんな瑠璃にノアールが声を掛けた。
「お前、俺とここまで殺り合える強さを持って何故隊に属していない?お前の実力ならば隊長レベルでも可笑しくは無い。何を隠している。お前、自分の実力……いや、その姿も魔法によるものか?光の魔力の中に複雑な魔力が込められているな、それで自分の姿までをも偽っているのか」
「俺、あんまり内側に馴れ馴れしく触れてくる奴が嫌いでね。少し黙ってくれないか?」
「はははは!隠し事が多いのは悪いことでは無い。そんな偽りの姿で正義を気取るのか?お前、こちら側に来る気はないのか」
ノアールからのその言葉に、仮面の下の瑠璃の表情が怪訝なものに変わる。
しかしすぐに剣を構えて、再びノアールの元に飛び込んでいく。光の力を引き出し漆黒のノアールを照らせば、広がっていく漆黒の力が動きを鈍らせる。
「交渉は決裂か?残念だな、それならこちらも本気でお前を殺しておかなければ。邪魔な芽は早いうちに摘んでおくものだ」
一瞬の隙だ。漆黒の力が深みを増し、全てを吸い込むようにして大きくなっていく。まるでブラックホールのようなそれは瑠璃の魔力を根こそぎ奪い取る勢いで吸収を始め、光が一気に弱まったところで、なんとか体を持っていかれないように踏みとどまっていた瑠璃の鳩尾にノアールの重い魔力を纏った一撃が沈む。
「がはッッ"!!」
何とかギリギリで受け止めたは良いものの、魔力の衝撃を消し去ることは出来ずに急所である鳩尾への一撃で瑠璃は苦しげに表情を歪ませてそのまま後方の死体の群れに激突する。
ノアールにより再び動かされる骨のみとなった死体はいくら斬っても無駄で、骨は勝手に元通りになり術者が死なない限り永遠に動き続ける。そんな亡者の軍勢となった彼らの元に吹き飛ばされた瑠璃に一息つく時間など無い。
喰らってしまった一撃の重みで咳込み血を吐きながらも光を放ち亡者を一掃しノアールへ光の斬撃を飛ばす。先程のように光も吸収しようとするノアールの漆黒だが、何故だか光は消えることなくノアールの体に直撃する。
「ぐぅ"ッ!?」
まるで仕返しとばかりに鳩尾を直撃した光はノアールの口から血を吐き出させた。
一体何をしたのかと鋭い眼光が瑠璃へと向けられる。
「俺の光は、誰より強くいなければならない。こんなところで弱らせている場合じゃないんでね」
そうして瑠璃が剣を構えた時、その場のみならず地下一帯が崩壊を始めようとしているのか大きく揺らぎ始めた。ノアールの力が全てを呑み込もうとしているのだ。
「崩壊までの残された時間を楽しもうじゃないか。お前が隠す本当のお前と戦ってみたいものだがな。そんな光で本当に俺を殺す気か?」
「安心しろ、光はいつでもお前たちのそばにある。いつだって、お前たちを殺す気持ちで満ちている」
そうしてどちらも引く事無く、光と漆黒がぶつかっていく。
✻✻✻
王宮での騒ぎは、不破から二番隊副隊長である礼凛と、三番隊副隊長の一憐、四番隊副隊長の司業、五番隊副隊長の七海薫子に伝えられ、本部含めた全隊が警戒態勢についた。
副隊長、並びに長く在籍し信頼の置ける者のみに詳細を話し、聞かされなかった隊士は一体何が起きているのか分からないままではあったがそのピリついた雰囲気に息を呑む。
そんな中、三番隊副隊長である一が、隊士の不在に気が付いた。
いなくなっていたのは翠蓮と桜の同期である一条花。一体どこに行ったのか分からず、すぐさま不破に伝令蝶を通じて花の不在を伝えたところ、それを聞いていた礼凛が通信に入ってくる。
どうやら、二番隊の桜も行方が分からないのだという。
それを聞いた不破が、翠蓮もいなくなっていることを話した上で、彼女が王宮にいる可能性があることも伝えた。
このタイミングで同期三人が行方知れず。何かが起きている可能性が高いと判断した不破、礼凛、一の三人は隊のことをそれぞれ一般隊士たちに任せて王宮の様子を確認する為に動き出した。
そんな三番隊の本隊基地から少し離れた森の中。
薄暗くて人の寄りつかない森の中には魔力による無数の穴があき、鍛錬を積み重ねてきた跡が残っている。
そんな森の中に、花は一人でいた。
花は毎日一人で隊を抜け出して、この森に入っては魔法の練習に明け暮れていた。
魔法の操作がいつまでたっても上手くいかず、同期二人のように目覚ましい活躍をすることができないでいた花。三番隊の隊士は皆優しく、何度も何度も魔法操作の特訓に付き合って貰った。だがそれでも、花は魔法操作が苦手だった。
もっと強くならなければ、と思えば思うほど自分の弱さに躓くのだ。
それでも花が諦めずに三番隊の隊士として居続けようとするのは、エセルヴァイトに憧れたからだ。
花は入隊してから唯の一度としてエセルヴァイトに会ったことがない。しかしそれでも彼の実績の数々は増え続け、姿を見せずともその圧倒的な強さで三番隊を奮い立たせる。
自分にもそんな強さがあれば。
そして、そんな素晴らしい隊長がいる隊の隊士として、諦めるなんて出来なかった。
そうして、出来ないながらも必死に努力を続ける花を、エセルヴァイトが放っておく訳もない。
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『良ければ俺が君の練習に付き合おうか』
エセルヴァイトからすれば、今更ながらもっとまともな嘘なりなんなりあっただろうと思うことなのだが、エセルヴァイトはたまたまその森を通りかかっただけのただの旅人として、自分が隊長であることを明かさずに花に声を掛けた。
それが花とエセルヴァイトの初対面だった。




