80 「最高神の祝福を」
瑠璃の魔法で再び王宮の隠し通路に戻された翠蓮。
しかし複雑な隠し通路を抜け出して総隊長を探すことはできず、ひたすら隠し通路の中を走り回っていた。
でんでん丸を呼び出して外に連絡を取ろうにも、どうやら隠し通路内での魔法通信が何らかの力で妨害されているようで、外との連絡が取れないでいた。
どうして瑠璃は総隊長が危険だと気付いたのかをまだ理解し切れず、翠蓮はそんな状況で自分に何ができるのかを必死に考える。
ただ、魔王や先程見た政府の現状など伝えなければならない事がたくさんある。はやく総隊長の元に行かなければという一心で走り続けた。
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そんな時、どこからか微かに声が聞こえて翠蓮は立ち止まる。しかし辺りを見渡しても通路が複雑に広がるだけで、人の気配は無い。
しかし、その声は確実に自分を呼んでいる。絶対に応えなければ、という気持ちが無意識に溢れ、翠蓮はもう一度耳を澄ませた。
『翠蓮』
自分を呼ぶエセルヴァイトの声だ。
そう理解した時には翠蓮の体は白い靄に呑み込まれて、次に顔を上げた時には何にも無い不思議な空間にエセルヴァイトにより手を引かれて飛び込んでいた。
「エセルヴァイト隊長っ!なんで!?」
「あまねを助けに向かうんだろう、俺が案内する。あまねの魔力は俺の力のごく一部を魔力化したものだ、辿ればそこに辿り着く」
「なんでそれを……、え?総隊長の魔法って、原初の最高神の魔法ですよね……?それに、ここは一体……」
原初の神は全ての世界においてその力を司る。そして、この世界の神はこの世界のみを司る。同じようで全くもって格が違うということは、あまねから聞いていた。
しかし、あまねもエセルヴァイトも、エセルヴァイト自身がその原初の最高神であることを、翠蓮にだけまだ話していなかった。
エセルヴァイトが原初の最高神だと知ってしまえば、翠蓮は彼の直下に属する原初神としてその力に導かれる。そうなれば、翠蓮は本当に人間としてでは無く神としての一歩を踏み出すようなもの。人間として生きる翠蓮の意思を奪うようなことを、エセルヴァイトが認めるはずも無い。
だが、翠蓮は迷うことなく仲間や世界を護るという強い意志で、エセルヴァイトの助け無くとも氷の神力を使ってみせた。まさに原初神の器であることをしっかりと証明したのだ。
そんな翠蓮の力になれればと、エセルヴァイトは彼女の意思を見守ることにした。
「ここは時空の流れの狭間だ。ここならば誰にも気付かれずに動ける。俺があまねを助けてやりたいところだが、これはどうやら人間が生んだ問題の様だからな。俺が手を貸せばあまねや関係する人間達の人生に大きく影響してしまう。だから君がここにいて安心した。今のあまねは俺の主だからな、君に頼みたい。朱雀あまねを助けてくれ」
エセルヴァイトからの頼み。どんどん大きくなっていく事態に緊迫した空気が流れるが、翠蓮は自分にしかできないことをする為に力強く頷いてみせた。
今こうしているうちにも、地上では何かが起きている。そして瑠璃がたった一人で魔王を食い止めてくれている。そんな中で立ち止まるわけにはいかない。
先を見据える真っ直ぐな翠蓮の瞳を見たエセルヴァイトは安心したように微笑んで口を開いた。
「原初神の力を持って生まれたのが君で良かったと、心から思うよ。俺も出来る限りの手助けをする」
「ありがとうございます、エセルヴァイト隊長!」
「ここを離れる前に、君に伝えておくことがある。俺は、原初の最高神……、エセルヴァイト=スヴィルズ=ヴィゼル=ディオ=ディーローズ。君の中に、この名前は深く刻まれているはずだ。もし、君の力の全てを、そして俺の全てが必要になった時は、いつでも俺を呼ぶと良い」
エセルヴァイトから告げられたのは普通なら衝撃で固まったり叫んだりしてもおかしくないものだった。だが、その言葉は違和感無く何故だかすんなりと翠蓮の中に溶け込んだ。
エセルヴァイト=スヴィルズ=ヴィゼル=ディオ=ディーローズ。
彼の本当の名前。
初めて聞くはずなのに、エセルヴァイトの言う通りずっと前から知っていたかのように深く記憶に刻まれていた。
「原初の、最高神…………」
「俺は、君を信じている。君が俺を必要とし、求めた時。俺はその全てに答えよう」
エセルヴァイトが翠蓮の手を離したと同時に翠蓮の視界に映るエセルヴァイトの姿を含めた全てがぼやけ始める。元の場所に吸い込まれるような感覚だ。
そんな消えゆく景色の中で、しっかりとエセルヴァイトの声が響いた。
「これは、俺から君への願いの礼だ。君に、最高神の祝福を!」
その瞬間、自分のものとは比べ物にならない程の大きな神の力がブワッと全身を包み、心が強さで満たされていく。
知らない力。しかしその力を、翠蓮の中にある氷の神力は知っている。
これが、最高神エセルヴァイトの力だと。
「エセルヴァイト隊長……、いや。エセルヴァイト様。そうだ、そうだよ。わたしは、生まれた時からあなたを知っていたんだ」
そう声を漏らした時、遂に翠蓮は完全に元いた隠し通路へと戻った。
もう道には迷わない。エセルヴァイトの力が確かに翠蓮を導いている。その先にあまねがいるのだと。
ただ弱っているのか、あまねの力が途切れそうなことに気付いて、翠蓮は先を急いだ。




