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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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79 「閉ざした心を開く鍵」

 

 複雑に作られたまるで迷宮のような隠し通路。

 奥へ奥へと進むにつれて、元を辿れば大きな魔力であったであろう今にも消えそうな魔力の揺らぎを感じる。


 だがその魔力を感じ取った神崎桜は、それが自分の憧れの存在であり、自分の所属する二番隊の隊長である四龍院伊助(しりゅういんいすけ)の魔力であることに気が付いた。


「離して……!何するつもりなのっ!?」

「うるせぇな、ガキ。黙ってついてこい」


 任務を終えて二番隊の本隊基地に帰還する途中で、突然見知らぬ傭兵の男達に囲まれて襲われた桜は何とか抵抗したものの相手が多すぎたことで全てを捌き切ることが出来ずに負傷してしまい、強力な魔法で眠らされて気が付いた時には帝都にあるはずの王宮に。一体自分の身に何が起きているのか分からないままに無理矢理連れ込まれ、王宮の地下の隠し通路を引き摺られる形で男達に連れていかれていた。


 そして桜が連れ込まれていく奥の方から感じたのは、建国祭の為に帝都に戻っていた四龍院伊助(しりゅういんいすけ)の魔力。だが普段は隊長として頼れる大きな魔力を持つ彼が、どうしてこんなに消えそうなほど弱弱しい魔力をしているのか。何かあったのかと不安と恐怖が入り混じった感情を宿したところで、牢の中で魔法を封じる鎖で縛られ、傷付き血に塗れてボロボロな状態で倒れている伊助を目にして絶望で目を見開いた。


「し、四龍院(しりゅういん)隊長ッ!?ッ……隊長……ッ!!」


 すぐに自分の負った傷のことなど気にも止めずに牢へと近付き鉄格子を力一杯掴んで声を掛ける桜。

 だが伊助は意識が無いのか少しの反応も見せない。初めて見るボロボロな状態の伊助の姿に、桜はまともに呼吸すらできなくなるほどの恐怖を感じて更に声を掛け続けた。伊助が死んでしまうのではという恐怖からだ。


「隊長っ!しっかりしてくださいっ!!ねぇっ、隊長ってば!!」


 傭兵の男がそんな桜の首を掴んで牢から引き離すと、伊助を縛り付けた鎖に掛けられた魔法を発動させて彼の体に電撃を走らせる。


「……ッ"ゔ、ッう"あ"……ッ!あ"ぁッ!」

四龍院(しりゅういん)隊長ッ!!」

「なんだ、まだ生きてんじゃねーか」


 そう笑う傭兵に、桜は必死に体当たりをして声を荒らげた。


「やめてッ!!いますぐ解放して!このままじゃ四龍院(しりゅういん)隊長が……ッ!」


 だが、そんな桜を見た傭兵は更に笑みを深めると、桜の首を強く掴んで壁に押し付けた。強く頭をぶつけたことで鈍い音がして、一瞬桜の視界は揺らぎ意識がぼやけかけるが、ガシャンという鎖の擦れる金属音で何とか意識を取り戻す。


「……っ、う"…、ぐ!……かん、ざ……き?」


 途切れ途切れの掠れた伊助のその声に反応しようにも、力強く首を掴まれて押し付けられているせいで桜は呻くしかできず、苦しさから逃れたくて必死に男の大きな手を掴んでいた。


「げほ、っごほ……、しりゅ、い……ん、たい……ッちょ、ゔッ」

「はは!苦しいなぁ、ごめんな嬢ちゃん。でも安心しな、あんたの隊長はまだ殺さねぇよ。先にそいつの前であんたを散々痛ぶって殺してから殺れって命令なんでね」


 グッと更に首を掴む力が強くなったかと思えば、男は一度では無く何度も抵抗できない状態の桜を殴り付ける。


「うあ"っ、きゃ!……ッい"、あぐっ!」


 ガツガツと殴りつける重い音がする度、伊助を拘束する鎖が擦れる金属音が響く。


「ッ!やめろ……ッ!その子は何も関係無いだろ!」


「そんなつまらない事言うなよ、隊長さァん。俺らはあんたの父親に買われたんだ。命令に従ってるだけだ。あんたから絞れるだけ魔力を搾り取って、あんたが大事にしてるこの嬢ちゃんを目の前で殺して生まれてきたことを後悔させてやれってなァ」


「生まれてきたことを後悔させる……?そんなの……ガキの頃からずっとしてきたに決まってんだろ!……ッ死ぬのは神崎じゃなく俺だけで良い。崇景(たかかげ)に伝えろ、神崎にもしこれ以上手を出すなら望み通り呪ってやるってな」


 そう伊助が言い放ったところで、その場に数人の傭兵が走り込んでくる。どうやら何かが起きているようだ。こちらにとっては悪いことなのか、傭兵たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


「遂に始まったか。これで俺たちは自由に……」


 男は既に意識を失っていた桜を伊助の牢に雑に投げ入れると、伊助に言葉を向けた。


「一旦命拾いできて良かったな?俺たちにはもっとでかい仕事が来た。良かったな、これであの世でも朱雀(すざく)あまねと仲良くできるぜ」


 その言葉を聞いた伊助は目を見開いてすぐに叫んだ。


「待てッ!総隊長に何をした!?お前たちは一体何をしようと……ッ!う"あ"ぁあ"ッ!ぐぁッ、う"ぐ……ッ」


 声を荒らげる伊助に対して、傭兵たちは再び彼を縛る鎖に電流を流して激痛を走らせる。既にボロボロだった伊助はその痛みで起こしていた体を地面に打ち付け体をガタガタと痙攣(けいれん)させて、傭兵たちがその場から離れていく姿に鋭い視線を向けながら意識を手放した。


✻✻✻


 金属が擦れる音と、誰かが自分の名前を必死に叫ぶ声。


「……ん……き!か……ざき……ッ!」


 意識は浮上しかけているのだが、中々目を覚ますことが出来ない。重い体の感覚でぼやけた意識が思考を制限する。だが、再び桜の耳にしっかりと届いた声は桜の意識を一気にクリアにさせた。


「桜!!」


 先に目を覚ましたのであろう伊助の声だ。その声で目を覚ました桜の視界には心配と焦りを滲ませた表情の伊助がいた。


(あれ……?表情が分かる……?…………え)


 伊助が面布をしていないことに気付いた桜が驚くよりはやく、伊助は桜が目を覚ましたことに安堵して、その表情を和らげた。

 だが、桜にとって初めて見る伊助の素顔のその中でもやはり痛々しい左目の傷は衝撃的だった。


 伊助は驚いて目を丸くしたまま動かない桜を見て、自分が面布をしていないことを思い出して、素顔を見られてしまったと一気に心が冷えていく。そして顔を見られたくない一心ですぐに顔を逸らしてしまった。


「ッ、見るな!…………ッ見ないでくれ」


 生まれた時からずっと、虐げられてきた伊助だ。その見た目が異常で、不気味なものであると心には深く刻まれていた。そんな自分の素顔を知ったら、桜にまで拒絶されてしまう。恐れられて、嫌われてしまう、と伊助はそれに酷く怯えていた。


 だが、伊助の耳に届いた言葉は予想外のものだった。


「わぁ!綺麗!!オッドアイだっ、宝石みたい!」


「……は?な、なんで……」


 予想だにしなかった綺麗や、宝石という言葉についそう声を漏らした伊助。驚いて桜の方を見れば、桜は怯えたり忌み嫌ったりすること無くキラキラと瞳を輝かせて伊助の瞳を真っ直ぐ見つめていた。


 あろうことか恐れることなく両手で頬に触れて撫で回し始めた桜に本格的に戸惑い始める伊助。


「ふふっ、やっと隊長の顔を見てお話できた!すごいなぁ、きらきらだ〜」

「なんで……。俺が怖くないのか?」

「えっ、なんでですか!?」


 全く怖がる素振りを見せない桜に更に訳が分からなくなった伊助は、気付けば決して話すつもりの無かった自分の過去について話していた。

 今はこうして綺麗だと言って近くにいてくれても、邪龍と自分のことを知れば桜だって離れていくだろうからと。そして離れていってしまうのなら、こんな僅かな幸せな時間を寄越して、期待させないでくれという意思から、過去を話したのだ。


 だが、どこまでも桜は桜だった。


「龍の力!?やっぱり隊長はすごいんですね!かっこいい〜!というか私、いくら隊長の家族とはいえその人達大っ嫌い!こーんな綺麗な顔なのに何が呪いよ、バッカみたい!って、いたたたた!」


 興奮しすぎて殴られた頬に響いたのか表情を顰める桜。そんな桜の前で自分を肯定してくれたことに対して爆発しそうになる感情を抑えて、赤く腫れてしまった桜の頬を悲しげに見つめた。


「頬、腫れてる。俺のせいだ、俺が神崎まで巻き込んだ。守ってあげられなくてごめんな、痛かったよな」


「私は大丈夫です!そんなことより、隊長の方がボロボロですよ!?痛いですよね……」


「いや、もう大丈夫だ。なにも痛くない」


 そう柔らかな笑みを浮かべながら答える伊助。痛くないはずが無いと桜は心配するが、伊助は本当に痛みを感じていなかった。

 桜のくれた言葉が伊助の傷ついた心を癒して、力を与えたのだ。


「なぁ、神崎」

「どうしました、あ!やっぱり痛いんですよね!?無理しないで……」


 桜の声を遮って、伊助は言葉を向けた。


 今までは嫌いで嫌いで仕方なかった。だけど、桜がそう言ってくれるなら。


「俺が、龍になったとして。お前はそれでも俺の隊士として傍にいてくれるか?」


読んでくださりありがとうございます。


良ければいいねや評価、感想など頂けると泣いて喜びながら踊ります。

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― 新着の感想 ―
伊助&桜、やっぱり安定感があって最高だなあ……推せる…… あれですね、愛の力ってやつですよね(にやにや)。
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