78 「光と漆黒」
魔王ノアとの戦いを経験した翠蓮は、現れた男が魔王であることをすぐに理解した。
それだけでなく、ノアと同じくその場を黒く染める禍々しい力とは正反対の白い髪に青い瞳の美しい顔立ちと、ノアを弟だと言う発言から、二体の関係について知る。
ただ、あの日感じた魔王ノアに対する恐怖がまだ翠蓮の体には纏わりついていた。
はくはくと声の無い声が漏れるだけで、言葉を紡ぐことが出来ない。そんな翠蓮を守るように前に出る瑠璃の表情も強ばっているように見える。
「どうした、序列第三位のこのノアールを前に言葉を紡ぐことすら出来ないか?」
序列第三位という言葉で、更に翠蓮の中にある恐怖は色濃く形作られていく。全身がカタカタと震えるのが抑えられず、上手く呼吸もできない。
ただそんな翠蓮の震える手を、瑠璃が落ち着かせるために力強く握って言葉を向けた。
「俺の手を離すなよ」
その言葉に翠蓮は返事すら出来ないまま、瑠璃に抱えられてノアールから距離を取る。ノアールは薄く浮かべた笑みを崩さないままゆっくりと二人の元へ歩み寄ってくる。
その掌には漆黒の魔力が纏わりついていた。
そんなノアールから距離を取りながら瑠璃は翠蓮に声を掛ける。
「魔王が四龍院家と協力関係にあるなら恐らく地上……、王宮でも既に何らかの騒ぎが起きてるはずだ。隙を作って君を王宮内のどこかへ飛ばす。もし奴らの計画が順調なら、朱雀あまねが危険だ。何とかして助け出してくれないか」
「総隊長が……?で、でも瑠璃さんは……!?」
「誰かが魔王を止める必要がある。魔王が黒なら俺は光だ。君の光の力がまだ安定したもので無い以上ここで時間を稼ぐことが出来るのは俺しかいない。ここは何が何でも食い止めてやるから、君は自分にしか出来ないことをやれ」
そうは言っても相手は魔王だ。それも序列第三位。
翠蓮が知るノアとは全くもって比べ物にならないだろう。それに、あの京月が敗北したレオナですら序列第九位だ。いくら特殊属性である光の魔法を持つとはいえ、勝てる可能性があるとは少しも思えなかった。
「で、でもっ……!!」
「ハッ、俺も随分甘くなったのかもしれないな。君に簡単に人を信用するなと言ったが、ここまでの間、素直でバカで子供な君を見ていたらすっかり気が抜けてしまった。大丈夫だ、君は俺の相棒だろう?俺を信じろ。俺も、君を信じている」
「瑠璃さ……ッ」
その言葉を最後に、翠蓮は転移魔法に呑み込まれてその視界から瑠璃を失った。
✻✻✻
『なんだ?この俺を相手に一騎打ちを挑むつもりか?か弱い少女を前にして見栄を張りたい気持ち、分からんでも無い。まぁ俺が負けることなど無い故に俺が見栄を張ることなど無いが……、さてどうしたものか。見栄を張ってすぐのところで申し訳無いが、俺は手加減が嫌いでね、すぐに殺してしまうが問題は無いな?』
「問題大アリに決まってんだろ。後、他にもお前の言ってる事は間違えている、俺は見栄を張ったつもりは無い。最初から勝つことしか考えていない。それと、か弱い少女じゃなく、この俺の立派な相棒だよ馬鹿野郎が」
魔王ノアールの圧を前に、体を強ばらせながらも余裕すら感じさせる程口角を上げてそう言い放った所でノアールが遂に瑠璃の目の前へと距離を詰めた。その手にある漆黒の力を至近距離から浴びせて呑み込ませようとするノアール。
だが、漆黒の力に呑み込まれたはずの瑠璃の体はその時には既にノアールの上に飛んでいて、逆さまの状態で宙に浮いた瑠璃はノアールの頭に触れて大きな光を放った。光は瞬く間に漆黒の力を退け、その場に白く暖かな光をもたらす。
自身の中にある漆黒の力ごと弾かれるような光の圧に、ノアールはすぐさま瑠璃の傍から距離を取る。そして聖騎士の呼び名に恥じぬ華麗な着地をしてみせた瑠璃に視線を向けて、彼の力を探った。
『こんな所で光の魔道士に会うことになるとはな。あぁ、確か光の聖騎士と呼ばれる男がいるとあの女が言っていたな。お前がそうか。これはこれは、楽しい時間が過ごせそうだ』
そうしてノアールは先程のものよりも大きな力を解放し、その場に転がる死体の負の力までをも巻き込んで光を消失させていく。力を吸い取られた死体は瞬く間に血肉が失われて骨のみとなり、まさに亡者の軍勢のようだ。
『闇に委ね、光を喰らうが良い』
ノアールの声掛けで、死体はゆらゆらひとりでに立ち上がり瑠璃から光を奪う為だけに歩み出す。それと同時にノアールが作り出した漆黒の波動も放たれて、多対一で圧倒的不利な状況にも見えたが、瑠璃の瞳に宿る光はその状況を前にしても少しの曇りも見せなかった。
パッと召喚した光の剣を構えて、一際強く剣に宿る光が煌めいたと同時に駆け出し漆黒の力を亡者の軍勢諸共切り伏せる。その素早さは流石光の聖騎士と呼ばれるだけあるだろう。ノアールもその速さには目を瞬いて笑を零した。
『どうしてわざわざ使い慣れない武器を手にしているのか一瞬戸惑いはしたが、その速さなら戦闘において何ら問題は無いな』
あの魔王に速さを認められた瑠璃だが、そんなことより、使い慣れない武器だと気付かれたことに少しばかりの驚きを見せる。
そんな瑠璃の驚きに気付いたのか、ノアールは彼が持つ剣を指差して言葉を続けた。
『一体何故普段とは違う武器を手にするんだ?その速さ故に戦闘において何ら問題が無いとは言えこの俺を相手にそれは致命的だろう』
「そんなことを聞いてどうする?今の俺は『光』なんだ。光として与えられたこの剣こそが今の俺を作り上げる。そして、これこそが俺だ」
そう返された言葉を聞いて、ノアールは面白そうに口角を上げた。光と、漆黒。どちらも引くこと無く、再び力をぶつけていく。




