75 「崩壊への歯車」
建国祭が近付く裏で、悪もすぐそこまで手を伸ばしてきていた。
建国祭前より、政府幹部や帝と顔合わせや会談のために招集されていた国家守護十隊。
至って静かな、なんでもない時間が流れていく王宮内に足を踏み入れた時から、朱雀あまねだけは違和感を感じていた。
何だか胸騒ぎがするような、そんな感覚だ。
しかしどこにもそんなおかしな点も無ければ不穏な魔力の動きも感じられない。
しかしそれでも。
「…………やっぱり、何か変な感じがするんだ」
「変な感じ、ですか?」
そう零したあまねの呟きを拾ったのは楪だ。
これから政府と五番隊の治療班が保管する治癒魔法薬についてや、一般人への被害が出た際の政府との連携について、改めて確認の為に会談が開かれることに。それであまねは楪と二人で王宮内の指定された一室を訪れていた。
「うん。なんだか、建国祭で騒がしくなる裏で何か隠れて大きなものが動いているような。僕は考えすぎる癖があるから、気のせいかもしれないけれどね」
そう返した時、丁度政府の幹部達が数人部屋へとやってきて、感じていた違和感を胸の内に片付けて、会議を始める為に席についたあまね。
楪も席についたところで、それぞれの前にお茶と資料が用意された。
まず資料に目を通して、新たに作られた治療魔法薬の確認を始めたあまね達。それ以外にも様々な問題について話し合い、少し休憩を挟むことになったところで、あまねは普段なら幼少期からの指導により決して口を付けることの無かったお茶に口をつけた。
そこで感じていた違和感が気の所為では無かったと知る。この部屋自体に、極めて分かりにくい魔法の香が充満しており、それがあまねの意思を鈍らせたのだ。
口に含んだお茶の味で全身が強ばっていく中であまねは真っ先に、これから口をつけようとしていた楪がそれを口にしないようにと勢いよく手を払ってカップを手放させた。
ガシャン!と大きな音を立ててガラスのカップが割れ、楪が驚いた様子であまねを見る。
楪がお茶を口にしなかったことに安堵したと同時に、溶けそうな程の熱を感じて、体中に激痛が走った。そして手で覆ったあまねの口からは真っ赤な鮮血が溢れ出した。
「っ、総隊長ッ!!」
慌てて楪があまねの傍に駆け寄るが、この部屋での魔法を封じる力が掛けられたことで治癒魔法を掛けることができない。
「ッ、雪乃……。亜良也に……、伝えてくれ……。この王宮内で、何かが起きている」
あまねはそう言うと、お茶に盛られていた毒に侵された体であるにもかかわらず、魔法が封じられたこの部屋で命に関わる程の無茶をして無理矢理魔法を発動させて、念の為に事前に張っていた術式の元に楪を転移させた。
無茶をしたことで更に体に負担がかかり、大量に血を吐き出すあまね。あまりの苦しさに顔を顰めるが、それでも耐えてその場で倒れた自分を見下ろす政府の人間達に冷えた視線を向ければどこからともなく現れた黒い霧に包まれて、幹部の一人があまねの髪を引っ張り顔を上げさせる。
黒い霧はあまねの体から力を抜き取っていく。
その力が、禁忌の魔法である黒魔法であることに気が付いたあまねは今この国でとんでもないことが起きようとしていることを知る。
「……黒魔道士と手を組んで、ッ、この世界を終わらせるつもりか……」
『いいえ朱雀様。全ては我が一家の為ですよ』
あまねの呟きを拾って返事をしたのは四龍院崇景。四龍院家当主だ。
「…………崇景」
『おっと、もう様は要らないか。貴方はたった今から犯罪者として捕えられるのだからな』
崇景がそう言うと、四龍院家が雇った傭兵が部屋へと押し入り瞬く間にあまねの体を雑に起こして後ろ手にして縛り上げた。
「はは、僕を一体どんな罪で捕えるつもりだ?」
「国家守護十隊の総隊長ともあろう貴方が黒魔道士と結託し、謀反を起こしたとなれば国民はパニックに陥る。そこを我が四龍院家が救うのです。貴方の時代は終わる」
崇景が零した言葉と、彼や傭兵たちから感じる黒魔法の力で、あまねは何が起きているのか理解し始めた。
「…………黒魔道士に帝を殺させたのか」
あまねの言葉でその場に崇景の下卑た笑い声が響く。
崇景は自分の側についた政府の人間と共謀し、自分たちの名誉の為に黒魔道士と契約をして帝を殺してその全ての罪をこの帝国で最も位の高い貴族である朱雀家の現当主、あまねに被せて軍部の実権を握る上で邪魔な国家守護十隊の信頼を地に堕とそうと考えているのだ。
そして、あまねのことについてよく知る上で、その計画に気付き反対した政府の人間や、幹部は全員が抹殺されていた。
「ここに貴方のことを知る者はもういない。そして全ての崩壊が今始まるのだ!」
崇景がそう言うと、構えていた傭兵があまねの体に斬撃を浴びせた。真っ赤な血が胸から腹部にかけて飛び散る中で、部屋の扉が勢い良く開かれてその場に飛び込んで来たのは京月。
京月はあまねの体から溢れる鮮血を見て目を見開く。
「あまねッッ!!」
「ッ、亜良也……!みんなのこと……、伊助の、こと……頼むね」
そう言って自分の血を溢れさせながら傾いていくあまねに京月が手を伸ばそうとしたが、それより早く部屋からは京月以外の姿が忽然と姿を消した。
そして、四龍院家当主である崇景が最後に残した言葉を辿る。
『伊助ももうすぐに死ぬ、案ずるな。神崎桜をダシにしたら少しも抵抗せずに痛めつけさせてくれたぞ』
目の前で、血を流しながらも京月に助けを求めるのでは無く、最後の一瞬まで隊士のことを考えるあまねのことを助けられなかったことが京月の中で大きな感情を揺れ動かした。
そして、その後すぐに王宮内では朱雀あまねが帝と多数の政府の人間を殺害した大罪人として捕まったことが広まった。
世界崩壊への歯車は完全に動き始めている。




