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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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74 「残された言葉」

 

 何でも一つ質問に答える、と言った瑠璃は一体どんな質問が翠蓮の口から飛び出すか内心ハラハラしていたが、聞きたいことがありすぎてすぐには纏まらなかった翠蓮。


「この質問はいつか必要になるときまで取っておくことにします!だからその時はどんな質問でも絶対答えてくださいねっ」


「分かった、約束するよ」


 そう言って、瑠璃は立ち上がると牢の鉄格子に触れた。ただどうやら、牢の鉄格子が魔法を封じるもののようで、瑠璃が触れても光が発することはない。牢の中ではある程度の魔法は使えるが、試してみたところ転移魔法は使えなくなっていた。

 翠蓮が斬撃を放っても斬ることは出来ずに、牢からの脱出は不可能なのかと肩を落とした翠蓮に、瑠璃が声を掛けた。


「その刀、良い物を使ってるな」

「刀ですか?あぁ、これは私が魔王との戦いで折ってしまったのを知った京月隊長が下さったんです」


 そう話せば、瑠璃は興味深そうに刃に目を向ける。

 何か気になることでもあるのだろうか。翠蓮が声を掛けるより先に、瑠璃の口が開かれた。


「そうだろうな。この刃紋と鍔は京月家の刀である印だ。あそこが剣の名家と呼ばれるのは実力だけじゃなく一家に仕える刀鍛冶の腕のことでもある。そんな家宝ものの刀を渡すなんて、随分信頼されてるんだな、きみは」


 その話を聞いた翠蓮は、思っている以上に京月に大事にされていることを知って、こんな場ではあるが頬が緩むのが抑えられなかった。


「そんなに凄い刀だったんですね。京月隊長、そんなことは何にも言ってなかったから……」

「五百万くらいするぞ、その刀」


 ぽろりと零されたとんでもない金額に翠蓮は目が取れるのではというほどぎょっとして見開いた。


「ごッ、ごひゃ……!?私のお給金より高い!」


 そんな価値のある刀をなんでもないように渡されていた事実を知り、翠蓮はそこで京月が貴族であることを改めて認識させられる。


「まぁ、隊長ともなればぽんと買える金額だろうけどな。じゃ、そろそろ出るぞ」


 そう言って再び鉄格子に触れる瑠璃を見て、翠蓮は戸惑いの声を漏らした。魔法も使えず、刀も役に立たない状態で、一体どうやってこの牢から抜け出すのかと。


「瑠璃さん?でもどうやって出るんですか!?中で魔法は使えるけど転移魔法は使えないし、鉄格子にも魔法はきかないんですよ!?」


「だったら壊すしかないだろ」


 瑠璃はそう答えると、翠蓮が驚く暇も与えず間髪入れずに牢の鉄格子に拳を叩きつけて破壊した。翠蓮でさえ斬ることのできなかった牢の鉄格子をだ。

 光の聖騎士と呼ばれる瑠璃のまさかのゴリラ並の力技に翠蓮は呆然とその様子を見ていた。


「ほら、行くぞ。まだ先は長いんだ」


 そうして差し出された手を取り牢を出た翠蓮は、一体どんなことが王宮で起きようとしているのかを知るために気持ちを切り替えて足を踏み出した。


 ✻✻✻


 翠蓮が瑠璃と共に王宮に潜入している頃のこと。

 任務を終えたという報告は受けたが、それ以降連絡が無いまままだ帰ってこない翠蓮のことを不破は心配していた。

 一人しかいない本隊基地の中で、すれ違いになってはいけないからと翠蓮の帰りを待つことにした不破は、それでも中々帰らない翠蓮が何か変なことにでも巻き込まれたのではと考えた。


「いや、帝都も広いし少しくらい遅くもなるか。でも心配だな、もう少し待っても戻らなかったら迎えにいこうかな」


「そーしようそーしよう!でんでん丸ってば全然返事してくれないから後で羽パンチしてやるんだから!」


 そんな不破の独り言に反応する伝令蝶。

 しかし一人でいると何故だか時間が長く感じてしまう。いつものように元気な翠蓮の声もしなければ、鬼のように稽古を迫ってくる京月の姿も無い。


 そうしてふと独りを感じた時には、いつも婚約者である璃華(りーふぁ)のことを思い出していた。思い出せば思い出すほど、不破の表情からは笑みが消えていく。

 それもそのはず、いつだって不破は笑顔を()()()()()のだから。


 作られた仮初の笑顔など、ずっとできるはずが無い。苦しくて仕方がないだけだ。

 それでも不破は、璃華(りーふぁ)が龍の魔物により眠りに落ちる直前に零した約束を守るために笑顔でいる。


 龍の魔物に襲われた当時、不破も礼凛も魔法とは無縁で、戦いのたの字も知らないでいた。

 そんな中で龍の魔物により町が襲われ一瞬にして家族も親族も、友人も知人も何もかもがいなくなった。唯一生き残った不破、礼凛、璃華の三人もただひたすらに助けを求めて逃げ続けたが、遂に龍の魔物の力は璃華に眠りを授けてしまった。


 龍の魔物を倒さなければ永遠に醒めない眠り。


 璃華が意識を失う直前に不破に向けた言葉は、今でも不破を縛る。


『大丈夫、絶対大丈夫だから……。私の分まで、ずっと、笑って生き延びて』


 今になって思い返せば、当時の不破は京月にそっくりだった。無口で、無表情。ただ、璃華が残した絶対大丈夫という言葉を信じていつも笑っていた可愛い彼女のように、笑顔でいればきっと大丈夫かもしれない。彼女が目を覚ましてくれるかもしれない。


 なんて思って、苦手だった笑顔を浮かべるようになった。


 そんな、過去の記憶。


 ふと鏡を見た不破は、過去を思い出していたせいかいつもの笑顔に影が差しているように見えた。


「……璃華の笑った顔、こんなのじゃなかったのにな」


 そうぽつりと声に出して、不破は魔王戦の時に聞いた龍の魔物が動き出したというノアの言葉を辿る。龍の魔物の件は未だそれ以上情報に進展がなく総隊長もお手上げなのだという。


 逸る気持ちを抑えて、不破は自分の頬を両手で叩いて気持ちを切替える。


「よし、絶対大丈夫だ」


 そうして再び不破はいつものように笑みを浮かべた。




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