73 「笑顔の裏の語らない過去」
瑠璃が翠蓮を連れて次に転移したのは王宮内だった。しかし、王宮は王宮でも、秘匿された領域である隠し通路の一つだ。
本来ならば鍵となる魔法や何か隠し扉を開くために必要なものがあるのだが、転移魔法がある瑠璃にそんなものは必要ない。すんなりと転移し、スタスタ歩き出した瑠璃の後を追う翠蓮は、自分達がいるのは何処なのか聞いてまたもや目を見開いていた。
「王宮の隠し通路!?な、ななななんでそんなところに!?」
「俺の光で内部を探った時に誰かが連れ去られていた。このタイミングなら恐らく四龍院伊助の殺害計画の中の一つだろう。彼の身近な人である可能性が高い、可能ならば状況の確認だけでもしておかなければ今後の動きに支障をきたす」
「……本当に、四龍院隊長を殺そうとする奴らがいるんですね」
翠蓮はまだあまり二人で話したりしたことは無いが、桜から聞く四龍院隊長の話や、本部で見かけた時などの様子から、彼が周りから慕われ、尊敬される素敵な人物であることを知っていたからこそ、どうしてそんな彼を殺そうとする者がいるのかが理解出来ないでいた。
一体誰が、どうして。と翠蓮は無意識に言葉を漏らした。
瑠璃はそんな翠蓮の漏らした言葉を拾って、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「四龍院家だよ」
「え?」
「彼の死を心から願うのは、四龍院家だ」
瑠璃の言葉に翠蓮は言葉を失っていた。
そこで瑠璃が手に入れた情報をもとに、四龍院伊助の家族との関係から、彼が顔を隠し続ける理由を話した。
龍の話を聞いた時に、翠蓮はふと魔王ノアとの戦闘時に彼が漏らした龍の魔物という単語を思い出して口にする。今度は瑠璃が目を瞬いた。
「不破深月の婚約者の話を知っていたのか?」
「えっ、不破副隊長って婚約者いたんですか!?」
いつも明るくて常に笑顔でいる頼れる一番隊副隊長の不破。そんな彼に婚約者がいただなんて知りもしなかったし考えたことも無かった翠蓮は驚きで目を丸くする。
翠蓮の驚いた様子を見て、瑠璃はふと黒手袋を着用した手を口元に置いて息をついた。
「聞いたわけじゃなかったのか。どこで龍の魔物について知ったんだ?この前の魔王との戦いで何か情報を得たのか?」
「そうです!えっと、龍の魔物が動き出したから戻るように連絡を受けてたことくらいしかわからなくて……って、なんで瑠璃さんが魔王との戦闘のことを知ってるんですか!?」
魔王との戦闘については口外されておらず、知っているのは国家守護十隊の隊士、政府上層部のみなのであるが、瑠璃は一体どこから情報を手に入れたのか。うっかりしていたのか、しまったという表情でどこか遠い目をして翠蓮から顔を逸らすが、翠蓮は逃がさない。
「相棒に隠し事は禁止ですよ!」
「それなら俺は隠し事が多すぎるな。相棒では無くボディーガードにでもなろうか」
そう話を逸らして広く長いただ真っ直ぐの通路を歩き続ける瑠璃の後を追って、翠蓮は拗ねているのか頬を膨らませて瑠璃が着ている白いスーツの袖を掴んだ。
「じゃあ約束してください、私が瑠璃さんの役に立つたび、一つずつ私の質問に答えるって!」
まるで子供がいいことを閃いた時のようにキラキラ瞳を輝かせてそう言う翠蓮。予想外だったのか、瑠璃はそんな翠蓮に対して小さく笑いを零しながら答えた。
「はいはい、楽しみにしてるよ」
そう返事をする瑠璃に置いていかれないように彼の隣に出た翠蓮はそこで先程の話に戻る。
「それで、不破副隊長の婚約者さんが龍の魔物と何か関係があるんですか?」
京月隊長に比べてすごく明るい性格で、口下手とは程遠いほどよく話す不破のことを考えたが、よく考えてみれば不破から一度たりとも家族の話や交友関係についての話が出たことがないことに気が付いた。あれだけ底なしに明るい不破が語らないのには、どんなことが隠されているのだろうか。
不破副隊長は、どうしていつも笑顔でいられるのだろうか。
「不破と、二番隊の礼凛が幼馴染であることは知っているか?」
「ま、また知らない情報です……瑠璃さん一体何者なんですか……」
「役に立てたら教えてやる」
瑠璃はからかう様にそう言って、言葉を続けた。
「不破は元々亜寒地方の出身で、そこに日本帝国から少し離れた龍華大国から礼凛が引っ越してきた四歳の時からの仲だ。礼凛には、礼璃華という一つ下の妹がいた」
そこで、と続いた瑠璃の声が少し冷たさを宿した。翠蓮は気のせいかと思い流したが、続けられた話を聞いてそれが気のせいではないことを知った。
「そんな三人が隊とは無縁で平和に暮らしていたところに龍の魔物が現れた。不破が十三、礼凛が十二歳の時だ。この時受けた龍の魔法の影響で礼凛の妹である璃華を除いて二人の家族、親族は全員死亡、助かった璃華も魔法の影響で深い眠りに落ち、龍の魔物を倒さなければ一生目を覚まさない状態になった。そして、その礼璃華が不破の婚約者だ」
一生目を覚まさない。
それが、不破が家族のことを話さない理由で、いつも明るくいる彼が秘めている悲しみなのかと、翠蓮は痛いくらいに心が軋んだ。
「そ、そんなことが…………。それなのに、不破副隊長はいつも明るくいてくれて。やっぱり、凄いひとです……」
「あぁ。不破は凄い奴だ。どれだけの悪意に晒されても折れずに戦い続けている。ここに来て龍の魔物が動き出したのも、タイミングが良すぎる。きっと、この国で何かが起きようとしている」
瑠璃はそう言葉を紡いで、遂に到達した隠し通路の奥の壁に手を添えた。光が指し示す先はこの壁の奥。この奥にきっと、何かがあるのだと光を纏った手で壁が動くのを待った。
光の力が壁にかけられた魔法を停止させて、ゆっくりと壁が開いていく。
その先から溢れ出した闇の中にある力を感じ取った瑠璃は、その力が一直線に向かった翠蓮が反応するよりはやく彼女を抱き締めてすぐさま壁から飛び退いた。だが溢れ出した闇は凄まじく、瑠璃の光も、翠蓮のまだ完全では無い光までも呑み込んだ。
そして闇が消えたと思えば場所は変わっており、翠蓮の視界には鉄格子が。薄暗く、禍々しい力で覆われた牢の中に二人はいた。
「瑠璃さん!ど、どうしましょう!?さっきは助けてくれたんですよね!?でもどうしよう牢屋みたいなとこに飛ばされちゃいましたよ〜っ!!」
牢屋の外を確認しながらグイグイと瑠璃のスーツの裾を引くが、彼から返事は無い。瑠璃ならば、焦る翠蓮に対してからかい混じりに笑いを零しそうなものなのだが。
不思議に思った翠蓮は、瑠璃の方を振り返ってその瞳から色を無くした。
「る、瑠璃さん……?」
薄暗い中でも、倒れている瑠璃の背中が真っ赤な鮮血で染まっているのがよく分かった。この場所自体が禍々しい力に覆われているのでは無かった。彼の背に刺さった黒い剣が見ただけで死を連想させるほどの禍々しさを放っていたのだ。
刺さっている場所的に、恐らく翠蓮に向かって飛ばされた攻撃を庇ったのだろう。
「…………瑠璃さんッ!!……っ、死ん……」
「……静かにしてろ。勝手に殺そうとするな、生きてるから」
真っ赤な血を流しながらも呼びかけに答えた瑠璃。意識があることに安堵した翠蓮だが、まだ状況は最悪だ。急いで治療をしなければ。
しかし翠蓮に治癒魔法は使えない。一体どうすればと考えていたら、瑠璃はポケットから取り出したハンカチを噛んで背に刺さった剣に手を近づけた。
まさか、と翠蓮が止めようとした時には既に手遅れで、瑠璃は手に宿した光の力で一気に剣を引き抜いた。内臓を傷つけていたのか、剣を引き抜くと同時に瑠璃の口からは鮮血が溢れ出す。
光の魔法は治癒にも使えるようで、瑠璃の体が淡く光ったと思えば内臓も含めて背中の傷まですっかり綺麗に元通りに。
「まさか黒魔法まで使ってるとは想定外だ。きみ、怪我はしてないか…………うぐッ!?」
ぱしんっ!と音を立てて翠蓮の手が見事な平手打ちを瑠璃にかました。
「な、何故殴られたんだ俺は……」
「バカ!瑠璃さんのバカ!!バカ!変な仮面!」
「そして何故悪口を言われている……」
何故殴られたのか、そして翠蓮が何故、涙を流しているのかが理解出来ずに呆然と頬をおさえる瑠璃。
そんな瑠璃に対して翠蓮は泣きながら言葉を向けた。
「なんで私を庇ったりしたんですか……!治るとしても無茶しすぎだし……っ、剣の抜き方も……!下手すると死んじゃってたかも知れないのに!!もうあんな無茶なことしないでくださいっ!」
瑠璃はその言葉を聞いて、翠蓮が泣くほど自分のことを心配しているのだと気が付いて目を丸くした。
「……きみ、本当に人を簡単に信用しすぎだぞ。もし俺が裏切ったらどうするんだ」
「さっき裏切らないって言ったじゃないですかぁぁ〜!!」
またもやボロボロ泣き出した翠蓮に、瑠璃はどうしたものかと頬を掻く。
「分かった、悪かった。もう無茶はしない。だから泣き止んでくれないか?」
そうして、人を簡単に信用する翠蓮に危うさを感じながらも、全然泣き止まない程心配させてしまったことに罪悪感を感じた瑠璃は眉を下げてどうにか泣き止ませようと声を掛けるが翠蓮は一向に泣き止まない。
そんな翠蓮を泣き止ませるために、瑠璃は考え抜いた上で、言葉を向けた。
「なぁ、悪かった。悪かったから泣き止んでくれ。あー、ほら、泣き止んでくれるなら一つだけ何でも質問に答えてやるから」
その言葉で、先程まで泣いていたのが嘘のようにぴたりと泣き止んだ翠蓮にほっとしつつも、瞳をキラキラと輝かせて質問を考える様子を見た瑠璃はあることに気が付いた。
「さては嘘泣きで俺は嵌められたのか」
ニッコリ笑う翠蓮を前に、瑠璃は生まれて初めて人に嵌められた、とおかしそうに笑みを零した。




