72 「最高神と最高神」
翠蓮が光の聖騎士と呼ばれる瑠璃の手を取り取引相手兼相棒となった時、エセルヴァイトはこの世界の最果てである空間の歪みの前にいた。
原初、存在する世界の全てを司る全天最高神であるエセルヴァイトはこの世界の最高神が自分の悪欲を満たす為だけに邪智暴虐を働き世界を崩壊させようとするのを防ぐ為に空間の歪みをたった一人で食い止めていた。
自分の力の圧で抑えつけ、歪みの修繕と世界の崩壊の為に作り出された神々の神器や、世界を破壊する規模の爆弾となり得るこの世界の神たちの分霊を封じた水晶を見つけ出して破壊する。
それは宇宙や異空間を含めた世界中に散らばっており簡単には見つけられず、その為いつもエセルヴァイトは隊には顔を出さずに世界中を飛び回っているのだ。
そして今日も、水晶が隠された場所を探していたところで月の神の派生である翠蓮が持つ原初の氷の神力が宿す原初の月の光と、瑠璃が持つ光の魔力が絡んだことに気が付いた。
「光と光か。これで少しはこの世界も崩壊から遠ざかるだろうか」
そう呟いたところで、エセルヴァイトの背後から音もなく気配も無く、絶対に当たるという神の力で所謂バフが掛かった状態の大きな雷槍が飛んできた。
以前京月が神の力により放たれた斬撃に為す術も無く敗れて倒れたのもこれが原因だ。それが人と神の違いであり、神の攻撃から逃れられる人間などいないのだ。
しかしエセルヴァイトは人では無いどころか最高神だ。雷槍はエセルヴァイトに当たることなく消滅する。
「原初の雷神に謝った方が良いと思うよ。雷神の名を冠しながら、雷とも呼べない力で調子に乗ってる奴がいるなんて聞いたら、凄く怒りそうだからな」
この場に隠されていたのは雷神の力が宿る水晶だったようで、水晶からはエセルヴァイト曰く雷とも呼べない雷もどきの攻撃が繰り出される。しかしそんな攻撃もエセルヴァイトからすれば赤子の戯れに過ぎず彼が手を出さずとも、彼に近付くだけで攻撃は全てかき消されていった。
水晶はエセルヴァイトに僅かなダメージさえ与えることが出来ずにそのまま彼の手で破壊される。
いつもならばその時点で、水晶があった付近の空間の歪みは元通りになるのだが今日は違った。
水晶を破壊したというのに歪みは治まらない。
更に拡大を始めた歪みを前に、エセルヴァイトは振り返った先を見て口元に薄く笑みを浮かべた。
「俺の存在に、漸く気が付いたのか?悠長な危機管理だな」
「貴様が……全天最高神か」
エセルヴァイトの前には、この世界を崩壊へと導く為に世界を悪で満たし、自らの力を強化する為だけに翠蓮を狙いこの世界に誘った、この世界の最高神が遂に姿を現した。
最高神の名前はイーヴィル。
最高神でありながら邪悪を意味する名を持つ。
イーヴィルは自身の力が作り出した影を使役し翠蓮やその周りに手を出してきたが、それがことごとく潰されてきたのだ。そして自分が世界の破壊の為に作り出した歪みでさえ一つ一つ修繕されていく。まさか無数に世界が存在する中で、干渉外であるにもかかわらず原初神に気付かれているなど思ってもいなかった。
イーヴィルにとってエセルヴァイトの登場は予想外であり、邪魔でしかない。
しかし、干渉外の世界においてエセルヴァイトが全力を出すことが出来ないことを知っていた。
イーヴィルは最高神として、この世界を司り守り導く責任を放ったらかしにしてあろうことか真逆の悪の道に走った。そうして悪に手を染め自らの駒とする為に悪意で満ちた神々を作り出して力を高めていくうちに無数の世界の存在と、今まで一番上の存在だと思っていた自分よりも遥に上に存在するエセルヴァイトのことを知った。
自分よりも上にいること、自分よりも大きな力を持っていること。イーヴィルがエセルヴァイトに対しての悪意に目覚めるのは早かった。
エセルヴァイトの干渉外であるこの世界で、彼が守る人間たちを地獄に落とせば、彼は一体どんな顔をするか。そんな思いがあった。
「なんだ、君は俺の上にいきたかったのか」
そんな思いはエセルヴァイトの赤い瞳を前に簡単に読み取られ、イーヴィルはすぐに自らの思考を遮断する。
「貴様の上?貴様の存在など我にとって何の意味も無い。ただ我が神の王たる器だということだけがそこにある」
「なるほどな。だが、残念だが既にこの世界の光は動き出した。魔天が崩壊するのもそう遠い話では無い。人間たちはいつだって戦い続けた。生身の人間が、神の動かす盤上で。それが何を意味するか分かるか?」
「どういう意味だ、貴様は何が言いたい」
「限りある時間の中で、着実に人類は手を取りお前の用意した悪を乗り越えてきた。その手がお前に掛かるのはもうすぐだと言っているんだ」
お前は人間たちの力を前に敗れる、と言っているのだと理解したイーヴィルは爆発する感情が赴くがままに大きな神力を溢れさせてエセルヴァイトへと放つ。それはエセルヴァイトの右半身に直撃し、人間ならば即死であろう程に体が損傷する。
だが、エセルヴァイトがイーヴィルに真っ直ぐに向けた赤い瞳から強い光は消えない。
損傷したはずの部分から血は流れず、その代わりに黒い無数の蝶が現れたかと思えばエセルヴァイトの体は元通りに。
「良いか、お前が手に入れ損ねた氷上翠蓮は仲間と共に必ずお前を倒す。その時まで精々力を蓄えておくことだな」
そう言ってエセルヴァイトは、イーヴィルがしたのと同じように神力を放ち、彼を殺してしまった。
そしてほとんど全身を失ったイーヴィルの姿は割れた水晶へと姿を変える。
最高神の分霊であったそれを破壊し殺したのだ。
これできっと魔天も最高神も、動き出すだろう。
エセルヴァイトは魔天との決戦のことを考えながら、魔天に属す京月総司のことを考えた。
「少なくとも、彼の意思は尊重するべきか」
エセルヴァイトは掴んだ情報から考えて辿り着いた総司の目的のことを考えてそう呟いた。




