71 「建国祭の裏に潜む悪」
『聞かせてくれないか?魔力でも無いその力。俺の持つ『光』の魔力よりも強い光を持つその力は一体なんだ?君は一体何者だ?』
光の聖騎士と呼ばれる彼が翠蓮に向けたその言葉。翠蓮はどう答えれば良いのか迷ったところで違和感に気が付いた。
「私の力のこと……どうやって知ったんですか?それに、あなたの方こそ一体何者なのか。きちんと教えて貰えてないのに、わたしだけ教えるなんてずるいです!」
翠蓮がそう言えば、彼は頬を掻きながら少し困った様に笑った。どうやら本当に正体を明かす訳にはいかないようだ。
「ふは、確かにそうだな。なら君の正体には触れないでおく。俺が君の力について気が付いたのは、簡単に言えば君の力が俺の光に同調したからだ。基本的な魔法の属性は知っているか?」
魔法の属性。
この世界の魔法はいくつかの基本属性に別れ、更にその基本属性から様々な魔法が派生する。
「炎、雷、水、土、風の五つですよね」
「そうだ。そしてその基本属性の魔法と別の枠組みとして考えられる特殊属性が光と闇だ」
そう話す彼の手に宿った光は翠蓮の体から溢れた氷の神の力と交わり同調する。
しかし翠蓮の光は、彼の光よりも眩いものだった。
「これはあまり公にはされていないが、特殊属性の光と闇の魔法はこの世界においてただ一人のみが持つことが出来る。そんな中で俺以外が持つはずの無い光の力を持っている者を見つけてしまったんだ。興味を持って当然だ。そして俺以上の光となれば、取引の相手……俺の相棒に申し分無い」
まるで好奇心にかられて飛び回る子供のように愉しげに口角を上げる。
そんな彼からは悪意も感じ取れず、翠蓮は自分がいることで迫る悪意から皆を救えるのならとその手を取ることを決めた。
そして最後に一つ、彼に問いかけた。
「光の聖騎士さん、じゃ長いですよね。なんて呼べばいいですか?」
そんな問いかけに彼は少し考えてから、その名前を口にする。
「俺のことは瑠璃と呼んでくれ。取引は成立かな、これからよろしく頼むよ。俺の相棒さん」
手を差し出された翠蓮は疑うこと無く握り返した。しかしその瞬間、辺りが光ったと思えば翠蓮の体は瑠璃と共に上空に飛んでいた。
突然変わった景色と体に吹き付ける体で翠蓮はびっくりして瑠璃の手を離してしまうが、すぐに瑠璃がその手を掴んで抱き寄せる。
「おっと、落下死がお望みだったか?」
「なっ、なわけないじゃないですか!?」
「そうだろうな。それに下を見てみろ。今落ちれば招待客である貴族たちの目の前に落下して死体を晒すところだ」
瑠璃の言葉で翠蓮が慌てて下を見れば、自分たちの下には大きな王宮が。そして小さく見える王宮の中庭では何やら談笑をしているのか数人の貴族の姿があった。
先程まで翠蓮達がいた場所も帝都であったとは言え、帝都は広い。その中でも王宮は少し外れたところにあり、王宮まではかなり距離があったはずだ。それをこの男、瑠璃は一切躊躇することなくなんでもないかのように転移したのだ。
隊に入ったばかりの翠蓮でさえその異常さを知っていた。
転移魔法が使える魔道士は世界中で見ても少数だ。その限られた転移魔法を使える魔道士の中でも簡単に扱える物ではなく、結界術と同等若しくはそれ以上の魔力負荷が掛かるもので、滅多なことでは使わない。事前に転移術式を貼った場所から転移術式を張った場所への転移を除けば転移できる場所や距離にも制限が掛かるものなのだが、瑠璃はその様な小細工をする素振りも無く簡単に転移してしまった。
「どうやってこんなにすごい転移魔法を……!?それに……っ、私不破副隊長に何も言わずにこんな所に来ちゃって……!どうしよう!?」
「大丈夫だ、全て終わった時にはあまねがどうとでも説明してくれる」
あまね
聞き覚えしか無いその名前だが、まさか彼の口からその名前が出ると思っていなかった翠蓮はその名前を辿り呟いた。
「あまね……?も、もしかして……それって総隊長の?」
「それ以外に俺の知り合いにあまねはいない」
一体どうして彼があまねの名前を口にしたのか、どんな関係なのか、そして総隊長は何を知っているのか。聞きたいことがありすぎて纏まらない翠蓮の様子を横目に見ながら下の様子を見下ろす瑠璃。
「瑠璃さん……?」
どこか真剣な様子の瑠璃から暗い雰囲気を感じて名前を呼ぶ翠蓮だが、瑠璃は気付かず下に視線を向けている。
(名のある貴族の姿は無いな。下級貴族のみの顔合わせのようなものか。特に得られる情報は無さそう……、いや。なんだ、この嫌な感じは……)
静かに王宮の様子を探っていた瑠璃は不自然な魔力の波長を捉える。特殊属性である光の力があることで気付けたが、恐らく王宮にこの違和感に気付ける者はいないだろう。集中して探ってみれば王宮の奥深く、隠し通路だろうか……、魔力を封じられた誰かが何者かに連れられているようだ。
「……殺害の手筈は整った、後は時を待つだけという事か」
「えっ?いま何て言いました?」
瑠璃の漏らした言葉を聞き取れず、そう聞き返すが彼は軽く首を振る。
「なんでも無い。俺達もそろそろ、国家転覆の準備を始めようか」
瑠璃のその言葉を最後に翠蓮はまたしても突然変わる景色に流されるようにして別の場所に飛んでいた。




