70 「光の聖騎士」
建国祭まで五日を切った今日。
京月や他にも隊長たちは総隊長と共に国家守護十隊として招待を受けた建国祭に参加する為に本部を離れて帝都に行っていた。
そんな中、桜は途中の京の本隊基地に礼凛と。翠蓮は帝都までは共に行き不破と二人で一番隊の本隊基地に残り、それぞれ単独での任務に当たっていた。
無事に任務を完遂した翠蓮が一人で基地に帰還しようとしている時に、見知らぬ男が声を掛けた。
「君、知りたくないか?本当の『紅蓮羅刹』の使い方」
月の光に照らされて、決して派手では無く繊細な装飾で彩られたシルバーのベネチアンマスクが艶やかに光る。その仮面からは煌めく夜空と星々の光を宿したかのような美しい青の瞳が覗いている。
サラサラと風に揺れる金の髪はまるで光。
翠蓮は突然の声掛けに驚いて、声がした方を見あげて空に立っているその男こそが、どこにも属さず真夜中に現れては魔物や反逆指定魔道士をことごとく倒していくという噂の光の聖騎士だと気が付いた。
そしてそれと同時に彼の発言を辿った。
「本当の……紅蓮羅刹の使い方……?」
「そうだ。あの力は深い、一度間違えた方に沈めば沈み続けて止まらない。このままだと君の隊長は確実に死んでしまうだろう」
このままでは京月隊長が死ぬ
翠蓮はその男の真意を探る為に刀を抜いた。だが、一瞬彼の手元が光ったと思えば次の瞬間にはもう翠蓮の手に刀は無く、彼の手に握られていて、光の力で一瞬にして刀を取られたのだと気付く。
「あ、あなたは……あなたは何を知っているの?」
「この世界の行く末と、解決する為の鍵になる者が何かを知っている」
「なんで……隊長の、紅蓮羅刹のことを知っているの!?」
「それは俺が____。だからだよ」
彼が紡いだ言葉を理解したはずなのに、既に記憶の中からはその言葉を聞いた記憶が消えている。だけれど、本当に全てを知っているのだと納得してしまうだけの言葉であるということだけが翠蓮の記憶の中に存在していた。
「あ、れ……?なにこれ……頭の中が……」
知らないのに知っているという不思議な状態で頭を抑えるようにしてふらつく翠蓮の体をすぐ側に降りてきた彼が支えた。
「悪いな、理解した記憶だけ残した。俺のことが知られるのは少し厄介なんだ」
「……でも、なんで…………」
「これ以上は話せない。知りたいなら、俺と取引してくれないか」
そう言いながら男は持っていた翠蓮の刀を背後に突き刺すと、気配もなく突然現れた魔物を消滅させてしまう。そして刀を翠蓮に返すと今度は以前喫茶店で見た、記者が撮った彼の写真に映っていたものと同じ剣をパッと召喚して構えた。
「どうやら囲まれたようだな、まずは俺と一緒に戦ってくれないか?話はそれからだ」
近くに住宅地など無いこんな場所に突然大量の魔物。何か理由があるのだろうが今は魔物を倒すのが先だ。翠蓮は刀を構えて彼と共に魔物へと飛びかかる。
「援護する、好きに動け」
「わかりました……!」
まるで彼に実力を見定められているかのようだ。魔物を前に今までの一番隊での鍛錬や実戦での経験を糧に迷いなく刀を振るう。風と共に魔物を斬り、続けて飛び込んできた魔物に刀を振り払う。
溢れた魔物の血が翠蓮の刀を濡らして、夜の光が怪しく照らす。
少しの隙も見せることなく魔物を斬り捨てていた翠蓮の死角となっていた障害物の裏から飛び出してきた魔物が何やら黒い液体を吐き出す。毒か何かかと気付くが遅く、避け切れないでいた翠蓮と魔物の間に光が走った。彼が魔物諸共消滅させたのだ。
「あ、ありがとう……ございます……」
「油断しすぎだ。援護するから好きに動けとは言ったが、俺みたいなさっき会ったばかりの素性も知らない奴にすんなり背中預けるなんて、危機感が足りてないんじゃないのか?俺が裏切ったらどうするんだ」
「えっ!う、裏切るんですか!?」
翠蓮の言葉に今度は彼が目を瞬いた。仮面から覗く青の瞳が丸く見開かれている。
「いや、裏切ることは無い。君、俺から近付いておいてなんだが、簡単に信用し過ぎじゃないか?まぁ記憶になくとも俺の正体を君は知っているから無意識的に……、でも信じすぎだろ。先が思いやられる」
「た、たしかに私はあなたのことをよく知らないけど、それでもたしかに私の記憶は……覚えてないけどきっと大丈夫って思ってる。それに、なんだかあなたからは私の知ってる優しい人たちと同じあたたかさを感じるんです!」
「あたたかさねぇ。まぁ、俺と手を組んでくれるなら何だっていい。成功した時には紅蓮羅刹の正体を教える、精々役に立ってくれ。俺の小さな相棒さん」
「ち!?私は小さくないです!!」
小さなと呼ばれたことにそう声を漏らした翠蓮だが、ふと取引という言葉を思い出す。紅蓮羅刹の本当の使い方を教える代わりに取引をと。
まだその取引内容を聞いていないことに気付いた翠蓮。
とんでもなく悪い内容だったらどうしよう!?と焦る翠蓮の表情を見た彼はなんだか愉しげに口角を上げて、取引の内容を口にした。
「俺と共に、建国祭に潜入してくれ」
「けっ、建国祭に潜入!?!?」
建国祭は帝の住む王宮で行われている式典だ。貴族はもちろん、国家守護十隊からも総隊長と隊長が揃って参加している。そんなところに潜入となれば一体自分はどうなってしまうんだと慌てふためく翠蓮に、彼はまず第一の目的を伝える。
「あぁ。問題なのは建国祭後のパーティだ。最悪君の所の二番隊の隊長が死ぬ。第一に狙われているのが彼だからな、今回俺はそれを止めなければならない」
「え、二番隊って……四龍院隊長が!?」
「そうだ。彼の実家である四龍院家は彼の死を望み、遂に黒魔法に手を出した。この情報筋は確かだ、間違いでは決して無い。だが敵を殲滅するとして俺の光だけでは確実にやり切れる保証はない。そこで見つけたのが君だ」
そう言って、彼は光を灯した手を翠蓮の方へと翳して照らす。
照らされた翠蓮の体はじわじわと暖かさを感じたと思えば彼女の体からは氷の魔力では無く氷の神の力が月の光のような柔らかく美しい、それでいて強い光と共に溢れ出した。
「聞かせてくれないか?魔力でも無いその力。俺の持つ『光』の魔力よりも強い光を持つその力は一体なんだ?君は一体何者だ?」
月に照らされた彼の仮面から覗く瞳は、翠蓮を探るように真っ直ぐに向けられていた。
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