69 「君の全てが」
伊助からお互いのすれ違いの可能性について聞かされた京月はすぐに翠蓮を探す。彼女としっかり話をする為だ。京月はここまで酷い自分の言葉足らずに嫌気がさしていた。
しかし彼女は隊舎にはおらず、隊の執務室にある予定表に目を通してみれば、急遽他の隊の一般隊士の部隊との合同任務が入ったようで、任務で外に出ているようだった。
だがそれは朝からの任務だ。時刻は十八時を過ぎていたため、もうじきに戻ってくるだろうからと京月は翠蓮を迎えにいくことに。
そうして隊舎を出て本部の入り口へ向かっていれば、丁度帰還した部隊の中に翠蓮の姿を見つけた。というより一番に目に入ったのが翠蓮だった。まず、無事に怪我なく帰ってきた様子を見て自然と安堵の息が漏れる。
だが、彼女の肩に触れて話しかける男の隊士達を見てすぐに京月の中でピリついた感情が沸き上がる。それを抑えて翠蓮の方に近付いていくと、彼女と隊士たちの会話がよく聞こえた。
「翠蓮って京月隊長と付き合ってるの?」
「えっ?いや、私が好きってだけで付き合ってはいないですよ!」
恐らく、この翠蓮の発言も、京月を思ってのことなのだろう。きっと、噂が出回れば京月隊長に迷惑が掛かってしまうからなどと思っているのだ。
京月からすれば、そんな気遣いされる方が迷惑なのだが。
「えー、なら諦めんの?俺とお試しで付き合う?」
ここはそもそも男が多く、そんな中の少ない女子に好意を向ける男は少なくない。京月隊長と付き合っているという噂があったおかげでしばらくは変な声かけが無かっただけで、翠蓮がその話を否定するなら話は変わる。
そして、翠蓮の顔立ちはまだ幼さも残るが綺麗と可愛いが混じった女の子らしさがあり、ひっそりと人気を集めていた。
そんなこと知りもせず噂を否定した翠蓮に、好意を宿した視線を向ける隊士の群れ。
滅多なことでは感情を表に出さない京月でも、我慢の限界を迎えるのに不足は無い。
圧のある無表情でズンズン近付いてくる京月に気付いた隊士たちは怯えて後ずさり始め、翠蓮がそんな京月に気付いたのは、高く抱き上げられた時だった。
「うわぁっ!?きょ、京月隊長!?」
「暴れると落とすぞ」
「ええっ!?どど、ど、どうしたんですか!?」
翠蓮が理由を聞くも京月はそれ以上答えずにそのまま隊舎へと。不破は今日は任務から戻らないため隊舎には翠蓮と京月の二人だけだ。
そのまま京月の部屋に連れていかれた翠蓮は訳も分からないままソファに降ろされる。一体どういう状況かと目をぱちぱちさせながらも、京月と二人きりでいることが恥ずかしくて耐えられずに逃げ出そうと動き出した。
だがそれは京月の手でソファに押し戻されたことで失敗に終わる。
「きょ、京月隊長!?」
ソファに押し戻され、必然的に京月を近くに感じる翠蓮は恥ずかしさで顔を逸らしながら京月を引き離そうとして手を突き出す。
そんな翠蓮に、問い詰めるでもなく怒るでも無く、ただゆっくりと優しく問い掛けた。
「なぁ、何か俺に言いたいことは無いか?」
言いたいこと
京月が翠蓮にそう問い掛けたことには理由がある。
京月自身、自分の言葉足らずなところや他人に対しての接し方には思うところがあるようで、翠蓮がこんな自分を好きになってくれたことがまだ信じ切れていなかった。もちろん翠蓮の言葉を信じていない訳ではないのだが、不安だったのだ。
そして、あの時伝えてくれた時に翠蓮が漏らしていた、言うつもりはなかった。という言葉。本当に俺で良いのか、気持ちを伝えたことに後悔は無いのか。
京月は自分らしからぬ大きな不安を感じている。
「言いたい、こと……?」
瞳に戸惑いを宿した翠蓮に、京月は続けた。
「氷上があの時俺に気持ちを伝えてくれたことは本心からか?……後悔、したりしていないか?」
「……本心、です。私は隊長が好きです。後悔もしてないです。でも……私には隊長と付き合ったりなんて身分不相応というか。隊長は貴族じゃないですか。わたしは、それと比べたらごく普通の庶民で、しかもこの世界の人間じゃないし……!」
「だったら、どうしてあの日氷上は俺に気持ちを伝えてくれたんだ?」
京月は翠蓮の言葉を聞いて安心すると同時に、どうすれば自分の気持ちが伝わるのか考えた。ただ翠蓮がそばに居てくれる、ただそれだけでいいのだと。
真っ直ぐに、自分の言葉を待ってくれる京月の姿に翠蓮は、自分がもっと近くにと願うままに京月を求めていいのだろうかと心を揺らす。
そして、口から溢れるがままに言葉を向けた。
「だって、身分不相応だって分かってるけど……っ、自分でも……我慢できないくらい隊長が好きになっちゃったんです〜〜!!」
ボロボロと涙を零し始めた翠蓮に驚いて、しかし向けられた言葉にこれ以上無い程の嬉しさを感じて京月の暗い青の瞳には光が射し込んだ。
自分でも表情が緩んでいくのが分かるほど口角が上がるのを止められず、大きな幸せでくしゃりとその表情を歪めた京月はその腕で翠蓮を包み込むように抱き締める。そして、まだ泣き続ける彼女にもう一度尋ねた。
「最後にもう一度だけ聞く。俺を好きになったこと、あの日俺に気持ちを伝えてくれたこと。お前の気持ちに後悔は無いか」
その問いかけに自分の腕の中で、胸に頭を押し付けながら頷いたのを見た京月は自分の体から翠蓮を離して、涙で潤んだ瞳を真っ直ぐ見て言葉を贈った。
「身分も、どこの世界の人間だろうと関係無い。俺は翠蓮の全てが好きだ。翠蓮が良いと言ってくれるなら、俺と付き合ってくれないか?」
それに対する答えなど、翠蓮はひとつしか持ち合わせていなかった。
「はいっ!」
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