68 「邪龍と四龍院伊助」
この世界には、普段全く目にすることは無いが龍が存在しており、古い時代で龍は呪いや、畏怖の象徴であった。
ただ、それだけの理由で龍の魔法を持って生まれた四龍院伊助が本来愛して愛されるはずだった四龍院家からほとんど勘当に近い扱いを受けてきた訳では無い。
決して、四龍院家が伊助にしたことが認められる訳では無いが、その裏には深い理由が存在していた。
古い文献によれば、龍が呪いや畏怖の象徴とされたのはもう何百年も前から存在していたとされる二体の龍が始まりだった。その二体の龍には今では別名があり『終焉の使者』と呼ばれる一対の龍だ。
古い歴史の中でも、龍は様々な災厄を呼び起こしたとされているが、この二体は別格だ。人も、龍でさえもまるでゴミのように殺して遊んでは数多の災厄を呼び起こし、何度も世界を崩壊させたのだという。
そんな一対であったはずの龍は、片割れをその魂ごと喰らうと龍の王として世界を崩壊に導くために動き出した。人々はその龍を『邪龍』と呼ぶように。
そして、そんな邪龍に喰われた片割れの龍の瞳と同じである黄と青のオッドアイを持って生まれたのが伊助だ。家族の誰も持たない瞳の色と、その龍が持っていた特性である毒の魔法の素質までも。
伊助の誕生は、力も、その魂も全てが龍に近付いていた。半分人間、半分は龍のような存在。伊助の母親は出産時に命を落とし、誰もが邪龍の災いだと伊助の誕生を嘆いた。
それからずっと、伊助は家族の愛を知らずに生きてきた。醜い顔を見せるなと白い面布を付けることを強要され、不気味な魔力を抑える魔法までもがその面布に掛けられた。伊助は自分自身を否定され続けてきたのだ。
そして十歳の誕生日。
伊助はどうしても、家族の愛が知りたかった。愛して欲しかった。それだけなのだ。
「お父さん、一緒にご飯が食べたいよ」
自分自身を見て、愛して、傍にいてほしかった。
真っ直ぐに言葉を向ければ、きっと、父も自分を愛してくれる。そう思って伊助は綺麗な黄色と青色の瞳を父に向けて初めて何かを願った。
しかし返ってきたのは愛では無かった。
「私の前から消えろ!邪龍の呪い子め、私を父と呼ぶな!その醜い面を、今すぐぐちゃぐちゃにしてやろうか!!」
そして父が伊助へと放った火の魔法は左目へと直撃し、消えない傷を残すことに。龍の力かなんなのか、瞳だけは無傷で、左目の周りにだけ大きな傷が。
✻✻✻
昔のことを思い返していた伊助に、彼の伝令蝶であるきな粉が声を掛ける。
「伊助、大丈夫?」
「あぁ、もう大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだ」
伊助がそう言うと、きな粉は嬉しそうに伊助の周りを飛び回る。
「私は伊助の味方だよっ!あ、今ね、いちごみるくと話してたの!」
いちごみるくとは、誰の伝令蝶のことかなどもうお分かりだろう。京月の蝶だ。
伊助は相変わらずあの京月らしからぬネーミングだと、張り詰めていた空気が和らいでいく。
「そうか、何を話してたんだ?」
部屋に準備されていた水を口に含みながらそう問いかけた伊助だが、まさか三秒後に水を吹き出すことになるとはこの時は思ってもいなかった。
「京月隊長がねっ、氷上翠蓮ちゃんと付き合ったんだって!」
「ブファッッッッ!!?」
吹き出した水を何とか魔法で消して、伊助はゲホゲホ咳き込みながら、まずは聞き間違いだと自分を落ち着かせる。
「もう一回言ってくれないか?」
「も〜!いいよっ!京月隊長がね、氷上翠蓮ちゃんと付き合ったの!」
「聞き間違いじゃなかったのか……!?」
まさかの発言に伊助は先程までの嫌な記憶が吹き飛んでいく。そしてそんなところに丁度いちごみるくから京月の通信が掛かったようできな粉が京月からの通信だと伝えて二人の声を繋ぐ。
何とか心を落ち着かせていると京月の声が掛かった。
「四龍院、そっちはどうだ?」
「京月からの通信は珍しいな。特に変わったことは無かったが、どうしたんだ?」
「総隊長が何かあったらすぐ言ってくれと。忙しそうだから俺が代わりに通信を掛けたんだ」
なるほどね、と呟いた伊助はこのまますぐ切るであろう京月を引き留めて、我慢しきれず問いかけた。
「な、なぁ亜良也!?!」
「ん、なんだ?」
「お前氷上のこと好きだったのか!?」
・・・。
少々間が空いたことで、やはりあの京月が誰かを好きになるなんてある訳ないか!と一人でウンウン頷いていた伊助だが、きな粉は小さな京月の声をしっかり届けてくれた。
「……ん」
「へっっ……!」
「なんだ……、伝令蝶から聞いたのか?」
「あ、あぁ。そうだよ。いや、薄々そうなのかとは思っていたが勘違いかとも思っていたから驚いたんだ。何て言って告白したんだ?」
ここまできたら聞くしかないだろうと面布の下で楽しそうに笑みを浮かべる伊助。そんな伊助に、京月はあの日翠蓮が自分に対して好きだと言ってくれたこと、自分も思ったことをそのままに真っ直ぐ好きだと言ったことを話す。
翠蓮に気持ちを伝えられたこともそうだが、こんな自分を好いてくれていることを改めて嬉しく思って、京月は見なくてもわかるくらいに甘くて優しい声をしていた。
だがそこで伊助はふとした違和感に気付いた。
「なぁ、亜良也。お前は氷上と付き合ってるんだよな?」
「……?だからそうだと言っているだろ?」
「お前、付き合ってとか言ったか?」
「ん?買い物にか?」
その返事を聞いた伊助はすぐさま頭を抱えて叫んだ。
「違うに決まってんだろこの朴念仁がっ!!」
「な、なんだ急に……」
「付き合うっていうのは交際とかそっちの、あー……つまりは恋人になるってことだ。お前は氷上の好きに好きって返しただけで、実際恋人になろうとは言ってないんだろ?あの氷上のことだから『私なんかがあの京月隊長と付き合うなんて恐れ多い。お互い好きって分かったしこれでいいや!おしまい!隊士としてこれからは距離をもっと置かなきゃな!』だなんて思ってそうだぞ」
伊助の翠蓮に対する理解度がここまで高いのは桜がいつも楽しそうに翠蓮の話をしてくるからだ。そして実際に当たっているのだから恐ろしい。
「……ッ……切るぞ……!」
そしてこちら、京月とは朱雀あまねと同じくもう十年の仲だ。どうせ表情には出さなくとも内心冷や汗ダラダラだろうと予想して、伊助はそんな京月に言葉を向けた。
「ま、頑張れよ」
伊助は、暗くみえて本当は誰より綺麗に笑うはずだった以前の京月のことを思い出して、京月がこれから先また綺麗に笑えるようになるようにと願う。
『なんで隠すんだ?せっかく綺麗な目をしてるのに』
そう願うことが、あまねに引き寄せられて京月と出会った時に彼がくれた言葉への感謝の気持ちを表すのだ。
読んで下さりありがとうございます!
よければブクマや評価、感想などお待ちしてます!




