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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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67 「朱雀あまねと邪龍の呪い子」

 ()()()()()()


 その言葉に伊助は酷く表情を歪めた。

 そして怒りのまま南雲(なぐも)に声を向ける。


「黙れ、これ以上無駄な話を続けるな。俺が居なければこの家はその地位さえままならない。俺が今ここにいるのはお前たち四龍院(しりゅういん)の者では無く(みかど)の指示があるからだ、俺が建国祭(けんこくさい)に参加しないとなればお前たちは(みかど)の命に反する一家の者とされても致し方ない。それが嫌ならこれ以上俺に対してくれぐれも口の利き方に気をつけることだな」


 今度は伊助の言葉に南雲(なぐも)が表情を引き攣らせる。帝より、建国祭での帝や帝国上層部の貴族達の護衛も兼ねて軍部で名高い四龍院家に招待の声が掛かっただけで無く、国家守護十隊で多大な功績を残している伊助の参加を帝は強く望んでいる。

 いくら伊助を嫌おうと、四龍院家は帝の意思に逆らうことは出来ない。


 それを分かっているからこそ、南雲(なぐも)はバツの悪そうな顔をする。

 そしてそのまま引き下がれば良いものの、伊助に見下されたまま引き下がるわけにはいかないという従者にあるまじき考えで、伊助の動揺を誘った。


神崎桜(かんざきさくら)。以前あなたが四龍院の名を使い庇ったあの少女。当主様の力があればいつだってあの小娘の未来を閉ざすことができるということを忘れないで……ッひぃ!?」


 酷く冷えた伊助の視線が南雲(なぐも)に向けられる。美しく綺麗な黄色と青色の瞳。青い左目の周りは痛々しい火傷の跡があり、それが一層向けられる視線の圧を増す。

 今の伊助の瞳に、光はない。


「今から言う言葉は四龍院家の俺から向ける物ではない。国家守護十隊の二番隊隊長である俺からの言葉だ。神崎桜(かんざきさくら)に手を出してみろ、生まれてきた事を後悔させてやるからな」


 伊助の言葉と圧にゾクッと体を反応させる南雲(なぐも)。だが彼は伊助が四龍院家で除け者にされる忌み子だという理由で、屈することをそのプライドが許さずまだ反論を続けようとするのだが、伊助はそんな南雲(なぐも)が完全に反論する意欲を失う言葉を続けた。


「神崎を助けたのは確かに四龍院家(しりゅういんけ)だ。だが、今の彼女は朱雀(すざく)あまね()の保護下にいる隊士であり、彼が自分の手の内の者に手を出されることを最も嫌っている事を、長くウチに仕えるお前が知らない訳では無いはずだ」


 そう言って、彼が嫌悪のみならず怯えを見せる自身の瞳で睨みつければ、渋々というように顔を顰めてその場を去る南雲(なぐも)。伊助は(ようや)く我慢していた重いため息を吐き出して部屋へと入っていく。


「……ッ」


 部屋に入るとすぐに伊助は壁に背を預けて座り込む。もうとっくに癒えたはずの左目の傷がじくじくと痛んで熱を持つ。額には紅い紋章が浮き上がり伊助の体内の魔力が不安定に揺らぎ始め、それにより軋む体の痛みに耐えながら外された面布(めんぷ)を付け直す。


「う……っ、ぐぅ……」


 しばらく座り込んだままで浅い呼吸を繰り返していれば、次第に痛みが和らいでいく。


「……ッ、邪龍の呪い子……ね」


 痛みの余韻が残る左目を面布越しに押さえてみればじんわりと瞳に宿る魔力が静まり一定にまで落ち着いたことで張り詰めていた空気から解放される。


『邪龍の呪い子』

 自分が家族や南雲からそう呼ばれる原因である自身の瞳と、瞳に隠された魔力のことを考えながら伊助は、この四龍院家(しりゅういんけ)とは違い、自分を隊長として慕ってくれる明るくて居心地の良い二番隊のことを考える。

 いつも伊助の後ろをついてまわり、人一倍キラキラした眼差しで伊助を見る神崎の顔が記憶の中で輝いて見える。


 だが、しかし。伊助の心の中でそんな綺麗な記憶も黒く染まっていく。


「神崎も、俺のことを知ればきっと俺から離れていく」


 そう無意識のうちに言葉を漏らした伊助は、そこで国家守護十隊設立に向けて動いていた朱雀(すざく)あまねに力を買われて四龍院家(しりゅういんけ)から出た時の事を思い出していた。


 今から約十年前の、令明十三年のこと。偉い方が四龍院(しりゅういん)の屋敷を訪れるからと、部屋から出てこない様に言われていた当時十歳の伊助。持って生まれた不思議な魔力と瞳のことで、伊助は家族からも使用人からも疎まれ虐げられていた。

 十分な食事も与えられず、その日は朝から来客の為に忙しくしていた使用人達は伊助の食事を忘れていた。お腹を空かせて何か食べ物をもらう為に言い付けを破り部屋を出たところで、伊助は綺麗な宝石のような淡い紫色の髪と瞳を持った男を見た。

 耳元でキラリと輝く花形の女性向けの耳飾りが印象的な男。


 それが、十歳の伊助と、当時二十歳だった朱雀(すざく)あまねの初対面だった。


 部屋から出た伊助に気付いた当主である伊助の父・崇景(たかかげ)が鬼の様な形相で伊助を部屋に連れ戻すよう使用人に命じるのを止めて、あまねは伊助の前で身長を合わせるように屈んで言葉を向けた。


『優しくてあたたかい綺麗な魔力だね。君、名前は?』

四龍院伊助(しりゅういんいすけ)……」

『伊助、僕と一緒に来てくれないかな。僕は、この世界を変えたいんだ』


 ()()()()()()()というあまねの言葉は、伊助の心を揺さぶった。

 虐げられてきた伊助にとって、自分のいる世界が変わるのならという光に見えたのだ。


朱雀(すざく)様!伊助は忌み子なのです!あの邪龍の話は貴方も聞いたはずでしょう!?」


 ()()

 四龍院伊助(しりゅういんいすけ)を語る上で、切っても切れない関係であるそれは、伊助が虐げられる、瞳に怪我を負った原因そのものだ。


 崇景(たかかげ)があまねから伊助を遠ざけようとするが、その手はあまねの声で動きを止める。


「誰の前に出ようとしているのか、理解した上での行動なら僕は止めないよ」


「……し、失礼を致しました……」


 そう言って崇景(たかかげ)が地面に頭を付ける勢いで謝罪する様子を一瞥することもなくあまねは優しく伊助に声を掛けた。


「伊助の素顔が見たいんだ。それ、外してもいいかな」


 伊助の顔を隠す面布のことだ。そう訊ねれば、伊助はゆっくり頷く。拳にギュッと力が入ってふるふる震えている様に見えるのは、怖いのか、緊張か。

 自分の顔を他人に見せるのが怖いのであろう理由を知る為に、伊助の素顔を見たあまねはそこでまず四龍院家(しりゅういんけ)の存続理由について考えた。そして次に存在するしないで変わる帝国の情勢、勢力。更には伊助にこの家を残すか残さないべきか。


 あまねが第一に四龍院家(しりゅういんけ)を破滅させようとする程に、付けられたばかりの左目の傷は痛々しかった。


 だが、まずは不安と恐怖で押し潰されそうな様子の伊助に対して、あまねは思ったままの言葉を向けた。


『綺麗な瞳をしているね』


 恐らく初めて言われたであろう言葉。伊助の瞳は驚きで丸く見開かれている。


朱雀(すざく)様……」


 まだ何かを言おうとする崇景(たかかげ)に対してあまねは冷えた視線を向けて、分かりきったことだが問いかけた。


『この左の瞳の傷は一体どうしたの』

「傷、ですか?あ、ああ!邪龍と同じ瞳の色など災いを招く元ですから、私めが伊助の為に燃やしてやったのです。まぁ、邪龍の呪いのせいか瞳は無傷でしたがね。やはり邪龍の瞳など朱雀(すざく)様も見たくないでしょう、私めが今度はナイフで抉りとって差し上げましょう!」


 父親であるはずの男の口からボロボロとこぼれ落ちる悪魔のような言葉。婚約者を亡くしたあまねにとって、この男は人類改造計画で作り出された魔物にしか見えなかった。


『黙れ、殺すぞ人間以下の塵が』


「す、朱雀(すざく)様……!?」


 ぎゅっとあまねの手を握りしめる伊助の体を抱き上げると、あまねはいつもの穏やかな声では無く絶対零度の低い声をその場にいた四龍院家(しりゅういんけ)の人間に向けた。


『伊助は僕が引き取る。まだ四龍院(しりゅういん)でありたいのなら、今後一切伊助に手を出さないことだ。もしまた伊助がお前たちの手で傷を負うようなことがあれば、その時が四龍院家(しりゅういんけ)の破滅の時だと思え』


 そして、あまねは崇景(たかかげ)達に向けたものとは全く違う穏やかな声で伊助に笑いかけた。


『伊助は自由だ。もう誰も、君を傷付けたりしない』


 そうして伊助はあまねに救い出されて、国家守護十隊を設立させる為に動くあまねの力になれればと自分の力の使い道を自分の手で選び、今に至る。

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