66 「四龍院家」
帝都に立派な屋敷を構える四龍院家。
建国祭に参加する為にその屋敷の門を潜るのは四龍院家三男である四龍院伊助だ。
久しぶりに帰る実家だというのに、伊助の纏う雰囲気は酷く黒ずんでいる。面布で表情は隠されているが、ピリついているのが雰囲気から分かる。
任務で魔物を前にした時のような、そんなピリつきだ。
重いため息を吐くと、伊助は自分に対して頭を下げる使用人たちの前を通って家の中へと足を踏み入れた。
使用人にダイニングホールに案内され、家族が待つその部屋に伊助が入ると同時に一斉に冷えた視線が向けられる。そんな視線を今更気に止めたりなどしないが、それでも向けられる言葉に含まれた明確な悪意は、一層伊助を嫌な気分にさせるものだ。
「最悪ですね、父さん。これから食事だというのに忌み子が一緒だとせっかくの食事が不味くなる」
「鷹翁よ、悪いが建国祭の間は我慢してくれ。私も忌み子と共に食事など嫌なのだが、建国祭には出てもらわなければならんからな。その間だけは貴族として扱わなければ」
そう話すのは、伊助の兄であり四龍院家の長男である四龍院鷹翁と、父、当主である四龍院崇景。伊助と同じ金の髪は血の繋がりを感じさせるが、彼らが伊助に向ける赤い瞳には温度が無い。
伊助はそれらに何か文句を零したりもすることなく、一人静かに席に着いた。
伊助が席に着くと、使用人が温かい食事を運び込み皆の前に置かれていく。次男の初雪はまだ帝都についていないようで食事の席についているのは三人のみ。
(母が生きていれば、何か変わっていただろうか……。いや、考えるだけ無駄だな)
そう考えながら伊助は自分の目の前に置かれた食事を見て、二人には気付かれないほど小さく笑った。
(仮にも国家守護十隊の隊長相手にお粗末すぎるんじゃないか?)
伊助は毒の魔法を使うことで、毒には耐性がある。
そして毒には慣れているため少量で分かりにくい毒であったとしても、すぐに気付くようになっていた。そんな伊助は食事に盛られた毒に気付くが気にすることなく用意された食事に手をつけた。
食事を運び終えて後ろに控えていた使用人が、伊助が食事に手をつけたのを見て顔面蒼白にして焦っている様子から、当主である伊助の父に脅され無理矢理毒を盛る事を強要されたのだろうと理解した伊助。
何事も無く食べ終えて父と兄の様子を窺えば、兄は伊助の食事に毒が盛られていることを知らないのか特に変わった様子はなく、父だけが怒っているのか焦っているのか分からない表情でブルブル拳を震わせていた。
そんな父の様子を見ながら席を立った伊助は嘲笑うようにして口を開いた。
「俺に毒が効かないのは分かりきったことだろ。武闘派一家?笑わせるな、もう少し足りない頭を使って正々堂々殺しに来てはどうなんだ?」
伊助のその言葉で父が勢い良く席を立ち、伊助に対して罵詈雑言を投げかける。
「伊助貴様!忌み子の分際で何を言うか!育ててもらった恩を忘れたか!?我が一家は一国の軍部を担う尊き一家なのだ、貴様にそのような口を利かれる筋合いは無い!」
軍部を担う尊き一家
その言葉を聞いた伊助はまたしても彼らを嘲笑う。
「武闘派の尊き一家?しばらく会わない内に冗談がお上手になられたのでは?そういう事は、武闘派一家の名に恥じぬ行いが出来るようになってから言われた方が宜しいかと。父さん」
伊助は父と兄に顔を向けたまま、その顔を隠す面布を捲ってみせた。
伊助の素顔を見た父と兄は、それ以上伊助に対して口を開けないまま、伊助はダイニングホールを出ていった。
伊助はそのまま自室に戻ろうとしたのだが、同じくしてダイニングホールを出てきた使用人に頭を下げられて動きを止める。
「た、大変申し訳ございません……!」
毒を盛った使用人と、彼らを止められなかった使用人たちだ。
「俺に頭なんて下げなくていい。俺は名ばかりの四龍院だからな。それに、俺に毒は効かないんだ。毒を盛るだけでお前たちの首が飛ばないならそれでいいよ。逆に、こんな家で働かせて申し訳無いな」
そう言って再び部屋の方に歩いていく伊助を見て、使用人達はどうしてあそこまで伊助が忌み子だなどと虐げられる存在なのか、一体あの面布の下の素顔には何が隠されているのかが気になって仕方がなかった。
四龍院家が異様な程、『龍』を嫌うことと、伊助の魔法の一つである『毒龍呪術』に何か関係があるのだろうか。
しかし当主や伊助本人でさえ頑なに話そうとしないことに触れることなど出来ないでいた。
一人で自室に向かい、部屋の扉に手を掛けたところで伊助に声が掛けられた。
「お戻りでしたか。やはりこの屋敷は醜い忌み子には相応しくありませんな、この周りだけ空気が澱んでいる」
まだ伊助が実家にいた幼少期から父や兄と共に伊助を虐げてきた執事長の南雲だ。
面倒な奴に会ってしまったとため息をついた時、南雲が伊助に近付いてくる。幼少期の伊助は父や兄よりも南雲のことが苦手だった。今もその苦手意識は心に深く残っている。
南雲の手が伊助の顔を隠す面布に触れるのを止められない。
「顔を隠したところで、あなたが醜い事実は無くならない」
蔑む笑いを浮かべながら遂に南雲に面布を取られた伊助は周囲に人の気配が無いことを確認し、すぐに面布を奪い返す。
(だから帰ってきたくなかったんだ、この家に)
伊助の素顔……左右で色が違う黄色と青のオッドアイに、火傷のような左目の傷。
そんな素顔を見て南雲は再び口を開いた。
『邪龍の呪い子め』




