65 「黎明の氷炎」
爆弾兄弟ダイナ&マイトの魔法はその名の通り爆弾魔法だ。爆弾のようにうるさい性格のダイナは無からド派手な爆弾を作り出し、触れずとも自由自在に爆破することが出来、爆弾とは程遠い静かな性格のマイトも無から爆弾を作り出すことが出来る。
しかしダイナとは違いマイトが作る爆弾は音も無く爆破する静かな爆弾。
ダイナはド派手な殺戮を好み、マイトは静かに、何も悟られることなく命を散らせる殺戮を好む。
両者の好みは違えどコンビネーションはどこまでも強い。兄弟の中にある絆というべきものだろうか。
『ヘイヨー!!俺の爆弾で踊り狂いなァ!アゲ〜〜!!』
バッと腕を払っただけで、無数の爆発が起こり花火のように鮮やかな火の粉が舞う。逃げ惑う人々がまだ残っている中でそのような爆発が起きてしまえば更に被害は拡大しその場はパニック状態に陥る。
爆風を不破の結界術が抑え込むと、ダイナは再び四方八方を爆発させてどちらの魔法がより多く展開出来るのかの我慢比べ状態に。
『ワオ、結界術が得意とは聞いてたけどネ!ここまでとは思ってなかったヨ。マジサゲ〜〜』
「これでも一応副隊長なんでね!氷上ちゃん、一先ず一般人の避難誘導頼める?でんでん丸達が案内してくれてるから、被害が及ばないように援護してあげて!」
「わかりました!不破副隊長も、頑張ってください!」
翠蓮は不破の指示ですぐに逃げ惑う一般人の方へと向かい、人々が安全に逃げられるようにでんでん丸と不破の伝令蝶のフォローを始める。
ダイナの爆弾はド派手が売り。結界術で爆発を封じ込めれはするが音までもは封じることは出来ない。
人々は轟く爆発音にパニックになりあちこちから悲鳴が上がる。
いくら国家守護十隊の隊士、しかもあの一番隊副隊長の不破がいるとは言っても怖いものは怖い。
そしてたったそれだけのことでダイナの好むド派手な殺戮の欲が満たされる訳も無く。爆発の『音』そのものにも魔法が掛かっておりその音は人々に聞かれた分だけ更に爆発を引き起こす、まさに火薬のような存在になっている。
故にダイナの爆弾魔法は無限に爆発を引き起こすことができる。加えて今は一般人がまだ多くその場に残っていた。その人数分の爆発が引き起こされ、そしてまた繰り返される。
これだけの結界術の乱用は魔力的にも体力的にも厳しいものとなる。しかし不破にあるのは結界術だけでは無い。
京月から教えてもらった刀がある。
「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだよ」
不破は魔王ノアとの戦いの時に感じたあの魔力の流れを脳裏で辿る。自身の雷と、京月の炎を刀に纏い、狙いを定めて飛び出していく。
そんな不破とダイナの間にはマイトが仕掛けた音も熱も無く高威力を放つ爆弾が。ダイナとマイトが罠に掛かったと笑みを浮かべる。
しかし、今まで隊の一員として戦い抜いてきた不破には、どれだけ爆弾の魔力に気付かれぬようにしていたとしても、その爆弾は丸見えだった。
不破の刀が何も無い空間を斬ったかと思えば、刀に纏っていた炎がマイトが空中に作り出していた爆弾をダイナの爆弾ごと燃やして斬る。
『ヘッ!?マジかヨ!?サゲ〜』
『……見えた奴は……、初めて……』
だがダイナの爆発は止まらない。音が消えない限り爆発し続けるのだから。
ところが、爆発は止まる。魔法が原初神の力に勝つなんてことは無い。
あの戦いで少しではあるが神の力の使い方のコツを掴んだ翠蓮。翠蓮はでんでん丸達が人々を避難させるフォローの裏で、不破に気を取られて新人である自分に意識を向けられていないことを利用して、翠蓮はダイナの魔法を凍らせた。
『ヘイヨー!マイト!やっちまうヨ〜!?アゲアゲ〜!』
『……そうだね、兄さん。やろう』
爆発を氷で封じられはしたが、それならまだまだ魔法で爆弾を作り出せば良い。そして『爆弾兄弟』の名にふさわしい攻撃を放てば良い。
二人の魔法が重なり合った時、不破はピリついた空気に気付く。
「氷上ちゃん!下がって!」
不破がそう言うが、微々たる魔力の重なり合いに気付かなかった翠蓮は動きが遅れて二人の周囲に広がった熱気が掠めて腕に火傷を負ってしまった。
「あつッ……!!」
「氷上ちゃんッ!」
体勢を崩しそうになった翠蓮の方に一瞬で距離を詰めて庇うように前に立った不破はダイナとマイトが放とうとする魔法を前に結界術を展開する。
結界術を展開しながら後ろに庇った翠蓮に治癒魔法を向けて回復させると、不破は二人が放とうとする魔法の異質さを翠蓮に伝える。
「大丈夫?ちょっと厄介な魔法だね〜。しかもこの魔力の流れ、完全に発動されたら町全体に広がる。俺がなんとか動きを止めるから、氷上ちゃんにはトドメを刺して欲しいんだ」
「わ、私がトドメを……!?不破副隊長がトドメを刺した方が確実じゃ……」
翠蓮がそう言うが、不破は首を横に振る。
「氷上ちゃんの神の力を使った突き技、初めて見た時びっくりしたよ。まだ追いつけてはいないけど、京月隊長の突き技を見たみたいな感じだったからね。だから俺はそんな氷上ちゃんに頼みたいんだ、氷上ちゃんになら任せられる」
「私の、突きが……。」
「うん。俺が氷上ちゃんの強さを信じているから頼るんだよ」
不破の言葉に、翠蓮はグッと拳を握って顔を上げた。その瞳に迷いは無い。
「分かりました!」
翠蓮はそう力強く返事をすると、不破が作る隙を逃さない為に刀に力を込めた。
そんな翠蓮の前で不破はダイナとマイトを見据える。二人は重なりあった魔力を通じて大きな魔法を展開した。
『大地爆殺灼熱地獄』
その魔法は名の通り大地を灼熱地獄に変える爆発魔法の中でも上位の魔法。
その魔法を結界術で封じるとなるとかなり負荷が掛かるだけでなく、生じた魔力が大きすぎることで町への被害を更に拡大してしまう。だからこそ、不破は考えた。
結界術は扱いが難しく、使える者はそういない。使えたとしても結界術の術式を完全には使えず、術式を簡略化した『省略術式』を使う者がほとんどだ。
省略術式しか使えない術者と、完全術式と省略術式の両方が使える術者。不破は後者だ。
省略術式は簡略化した術式として弱いものと一括りにされがちだが、実際にはそうでは無く立派な戦法の一つである。
不破は『解』の使い方に迷っていた。戦闘においてその結界術の威力は絶大だ。だが、絶大であるが故に魔力の使用量が多く、乱用出来ない事が難点であった。
そこで解の省略術式に価値を見出した。
解ほどの術式ならば、省略術式だとしても遺憾無く力を発揮するに違いない。
魔力を心臓に封じ、発散しようとする力を利用して魔力爆発を引き起こす術式。術式を省略すれば爆発までいかなくとも、その魔力を体内の一点に封じ込めることはできるだろう。
「省略術式・解」
不破の予想通りに、ダイナとマイトの魔力は体内に封じ込められ二人は自身の魔力が封じ込められたことに驚きを露わにする。だが既に発動させた魔法は消えることは無い。大地を灼熱地獄とする魔法はまだ町を呑み込む為に動いていくが、冷気が吹いて灼熱地獄は凍りつく。
『この魔法はなんだヨ!?マイト!!』
『……魔力が使えない。だけど……、まだ……ある』
マイトの見えない爆弾は上空にも作り出されており、それが発動すれば衝撃で町が吹き飛ぶことは間違い無い。
「こっちにもとっておきがあるんだよね!」
不破の声で、ダイナとマイトは翠蓮の姿が視界からいなくなっていたことに気付いて上空へ視線を向ける。そうすると、高く飛び上がった翠蓮が刃先をこちらに向けているのが瞳に映る。
そしてそれが二人の瞳に映った時にし既に翠蓮の刃先は突き出されていた。
『氷神一閃』
しかしマイトが作り出していた爆弾は予想より数が多く、突きの威力では捌き切れずに翠蓮の体は更に上空へ吹き飛ばされていく。
「ッうわぁ!!ッ……!」
「氷上ちゃん……ッ!」
「ッ不破副隊長!私は大丈夫です!!」
大きな爆発にも屈せず、諦めずに立ち向かう翠蓮の勇姿に、避難しながら人々は彼女の強さを知る。
翠蓮はもう一度氷神一閃を放つ為に刀を強く握り魔力を込める。だが一度の使用でもかなり力を消費するその力の二度目の使用ともなれば翠蓮の体には負担が掛かってしまう。既にその手は凍りつき始めていた。
だが翠蓮は、翠蓮と不破に気付いて駆け込んで来た男の姿を見て、その先を信じた。
『氷神一閃』
不破の魔法で魔法を使えないままのダイナとマイトは為す術が無く、ただ翠蓮の魔法から逃げるために魔力が元から込められた魔法具を発動させて上空へ。
だがそれでもギリギリで体勢を変えた翠蓮の突きに一閃されて地面に沈む。
『がはッ!!……ッ、マイト……!』
『ぐはッ!ッ、う…………まだ、いけるよ兄さん……!』
翠蓮がその体を凍り付かせながら落下していく中で、もう一つ隠し持っていた魔法具を使い翠蓮のすぐ下に爆弾を作り出したマイト。
『これで、終わりだ』
『ヘイヨー!!爆弾の炎で焼き殺しちまいなヨー!アゲアゲー!』
人々は翠蓮に迫る爆弾に悲鳴をあげるが、その場に響いた低い声ですぐにその瞳に光を取り戻した。
『紅蓮・煉獄鳳凰』
燃え上がった炎は鳳凰となりダイナとマイトに直撃し、マイトが上空に作り出した爆弾も破壊しその炎も、京月の炎が上回り吸収してかき消していく。
そして体を凍らせるほどの冷気を放っている翠蓮に向かって、必死に彼女の名前を叫んだ。
「翠蓮!!」
凍りつきそうな意識の中で、京月が自分の名前を呼ぶ声が響く。ハッとして声のした方を見れば、翠蓮の体を凍らせるほどの冷気を包み込む為の炎を纏い、その体を受け止める為に腕を広げる京月の姿がそこにあった。
会いたかったひと。今、一番に頑張ったなと褒めて欲しいひと。
ずっと恐怖が残ったままだった心が、京月の姿を目にしただけであっという間に安堵で包まれた。
「京月隊長っ!」
そのまま翠蓮は安心と、生きて会えた嬉しさで笑って京月の胸に飛び込んだ。
しっかり受け止めてくれたその力強さで、翠蓮は漸くあの戦いの場から帰還したのだと実感する。
優しくて、いつだって自身の全てを見てくれる京月の姿に気が緩んだのか、翠蓮はぽつりと言葉を漏らした。
「好きです、京月隊長」
その言葉は京月にだけ、しっかりと届いた。
その言葉で普段あまり変化しない京月の表情が驚きで変化したことで、翠蓮は自分が京月へ無意識に好意を漏らしてしまったことに気付いて慌てふためく。
「あっ、えっ!え、っと!?その、好きっていうのは……っ、嘘ではない、ですけど……っ、えっと、言うつもりなかった、というかなんというか……!わ、わたしなんかに好かれても嫌なだけですよねごめんなさいっ!」
焦りと恥ずかしさで泣きそうになりながらそう言って、京月の腕の中から抜け出そうとする翠蓮。
だが、京月の腕には力が入り翠蓮は抜け出せない。
「嫌な訳ないだろ」
顔を上げようとした翠蓮にそう京月の声が掛かった。
京月の中で、『思ったことを伝える』という和服店の女将、文葉の言葉が浮き上がる。そこで京月は自分の感情に対する勘違いに気が付いた。
(そうだ。この感情は、確かにそうだ。俺は、氷上が……、翠蓮が好きだ)
「俺も、翠蓮が好きだ」
その予想もしていなかった京月からの返事に驚いた翠蓮が顔を上げれば、京月の表情は今まで見た事がないほどに柔らかな笑みを浮かべていた。
そんな二人の様子を、不破はいつもの笑った表情よりも随分嬉しさが垣間見える笑顔でこっそり覗き見ていた。そして瓦礫や砂埃などでその場にいた一般人には見えずにいたが、人々は京月の炎と翠蓮の氷が残った戦いの跡を見て、これがこの崩壊する時代に夜明け……黎明をもたらす存在だと心を震わせてこう呼んだ。
『黎明の氷炎』と。




